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ジャンヌ=ダルクと星野源

こんにちは、“鳩”です。
緊急事態宣言が明け、僕がお世話になっている予備校では6月から授業が始まりました。
いやあ大変ですね、マスクが。

これはもう仕方のないことですが、コロナ禍の影響で講師は授業中のマスク着用が義務付けられており、いかんともしがたい苦痛を感じております。
息苦しくて窒息しそうになる。

僕は多い日だと一日8時間ほど授業するのだけど、そこに追いマスクなのです。
声は通らないし、十分に空気を吸えない。
大声を出し続けるため、そのうち酸欠状態になります。
まさに苦行です。
その昔、重い亀の甲羅を背負って修行にいそしんだ若い武道家がいましたが、マスク着用の授業はちょうどそんな感じです。
マスクを解放するときは、銀河ギリギリぶっちぎりの凄い授業ができそうだ。

初めの一週で「もうだめだ、殺される」と思い、スマイル=マスクの着用を進言しました。

鳩マスクマスク2

使用の可否をめぐって、現在お上の方で宗教裁判が行われているとのことです。
はてさて、どうなることやら。

一方、受験を控える生徒の“焦り”は計り知れないものがあります。
当然のことですよね。
4月と5月は、多くの予備校で映像での授業となりました。(注※)
この間のカリキュラムは、「映像視聴で履修済み」とされています。
オンラインで映像授業を進めたものの、学力の伸びを感じられない生徒がほとんどで、ドヒャー!学習内容が全然定着してねェぞ、オラびっくりした、が率直な感想です。
映像授業の品質もあるのだけど(僕も映像授業を撮影したので戦々恐々なのですが…)、生徒の姿勢が受動的になってしまって、どうしても学習効果が薄くなるのです。
対面授業と比較すると伝わる情報量に大きな差が出てしまいます。

(注※一方、Zoomなどのオンライン=ミーティングのシステムで双方向の授業を行う塾もあったのだけど、一クラスの受講生が少人数の“小回りが利く”ところに限られました。僕もいくつかのZoom授業を受け待ちましたが、これは大変な技術の進歩だと感じていて、生徒が受動的に授業を受けてくれますし、彼らの理解度を確認しながら授業が進められます。ただし、受講生は10人以下が限度、理想は4~5人と感じました。)

6月以降の授業では、生徒の意欲と期待感というか、“飢え”のようなものをヒシヒシと感じながら仕事をしています。
今年はみなぎっている。
やっぱり対面授業はよいですね。
僕の言葉や動きに、パーンと生徒がレスポンスをくれる。
知識と感情が空気を媒体として伝染するのです。
「場の共有」はホモ=サピエンスにのみ許された特殊技能ではないでしょうか。
映像授業には決して超えられない、対面授業のメリットであると感じます。

ああ、さっそく映像授業の限界をみてしまった。
動画「鳩の世界史」でどこまで迫れるのか…。


世界史上「場の共有」を効果的に利用した人物は数多くいますが、「ジャンヌ=ダルク」こそこの特質がいかんなく発揮された事例であります。

おぉ、ジャンヌ=ダルク。
世界史の話を書くにあたって、まずこういったポピュラーな人物をとりあげるべきだったのです。
「王安石」やら「グーテンベルク」やらでは、ちょっとインパクトに欠けるというか…こう、もうひと押し欲しい感じですよね。
※彼らの名誉にかけて擁護しておくと、二人とも『山川世界史用語集』の頻出度では⑦(重要度マックス)。念のため。

「謎めいた」だとか「不可思議」というイメージが先行するジャンヌ=ダルクですが、15世紀は1400年代前半の人物です。
詳細のはっきりしない人々が多い中にあって、わりと史料が残っています。
日本では室町時代にあたりますね。


ジャンヌ=ダルクは1412年、フランス東部のドンレミという寒村に生まれました。
なんとなく貧しい家の出という先入観がありますが、そんなことは全然なくて、小さい村ではあるのだけど、彼女の両親は20ヘクタールほどの農地を所有し、村の徴税請負を行うなどまあまあ裕福であったとされています。
20ヘクタールの農地といわれてもわかりませんよね。
日本の歴史教育の弱点は「イメージの欠如」にあると、なんとなしに考えているのですが、知識のインプットには、視覚や感覚などイメージと一緒に入力するのが効果的です。
例えば、20ヘクタールの土地は「東京ドーム4個分」に相当します。
ジャンヌ=ダルクの両親は、東京ドーム4個分の土地を所有する地主であったのです。
こうすれば、イメージができますよね。
僕はこれを「東京ドーム理論」と呼んでいます。

ドーム一家に育ったジャンヌ=ダルクは、12歳ごろに神のお告げを聞きました。
お告げといっても、神がジャンヌに神託を与えるのではなくて、天使を介してジャンヌに語りかけます。
人々が神とダイレクトに話すことはできません。
もちろん、Zoomを使っても無理です。
大天使ミカエル(と他数名の天使)がジャンヌのもとに訪れて、「フランスをイギリスから救い、王太子シャルルを戴冠させよ。」みたいなことを言いました。
当時のフランスはイギリスとの「百年戦争」の真っただ中で、フランスは結構な劣勢に立たされていたのです。
そんなわけで、本来フランス王に戴冠するはずのシャルルはまだ即位できずじまいでした。(戦争に負けそうだしね。)

信仰心のかけらもない僕なんかは「神託なんてあるワケないじゃん。」なんて思ってしまうのですが、この話の真偽を扱うには僕の手に余るでしょう。
ただ、なんといっても「ジャンヌが神託を受けた」という事実が重要でした。

神の恩寵を信じるジャンヌは16歳で故郷ドンレミを出立し、シャルル王太子のもとに赴きます。
市井ではジャンヌが「神のお告げを聞いた娘」との噂が立っていましたから、シャルル王太子は「おっほ、一体どんなヤツが来るんだろう、やっべ。」みたいな感じでおたおたしていたのだけれど(ここは創作)、いざジャンヌと面会し話してみると、彼女の厳然たる態度に「これは本物だ…!」と確信したそうです。

王太子はジャンヌに軍備一式と指揮官の待遇を与え、オルレアンに派遣しました。
オルレアンはフランス真ん中ちょい北側に位置する街で、パリから南に130キロほど行ったところにあります。

オルレアン地図

当時はイギリスがパリを含むフランスの北側一帯を占領していましたから、ロワール川を抱いてフランス南部に通じるオルレアンは、両国にとっての軍事的要衝でした。
イギリス軍はすでにオルレアンを半年ほど包囲しており、街は陥落寸前、絶体絶命、シャルルも真っ青の状況です。
ここが堕ちれば、フランスの敗北は確定しました
某サイヤ人の彼ならば「オラ、ワクワクすっぞー!」と一番興奮する場面ですが、そこはジャンヌもホモ=サピエンスです。
農夫の娘一人が軍に加わったところで、兵力はさほどにも増強されません。
しかし、ジャンヌの存在は周囲の「場」を変化させました

ジャンヌの参戦はフランス軍の“士気”を昂らせます。
彼女は旗手としてオルレアン攻防戦の最前線に立ち、兵士を鼓舞しました。
「神のお告げを聞いたジャンヌが一緒に戦っている。」という事実はどれほど兵士に闘争心と安堵を与えたのか、想像に難くありません。
空気を媒介として、やる気が伝染したのです。

この不思議な作用は、読者の方も体感したことがあるのではないでしょうか。
「空気」や「流れ」のような“非科学的”な内容ではあるのですが、授業でこのように説明すると生徒も「うんうん」と頷いてくれます。
ジャンヌもすごいですが、周りのホモ=サピエンスの能力がすごい。
同じ空間を分かち合うことで、共振作用が働いたのです。
ジャンヌがZoomで陣頭指揮をとっても、そんなことは起こりませんね。
「場」の空気を変え、「やる気」を周囲に及ぼす人間は“カリスマ”と呼ばれますが、これに共鳴する人間の性質にこそ恐ろしさを感じる次第です。


ジャンヌの活躍でオルレアンは解放され、シャルルの戴冠が実現しました。
しかし、イギリスとの和平を模索する大本営は、だんだん彼女を疎ましく思い始めます。
ジャンヌは無理な作戦を命じられ、ついには敵方に捕縛されてしまいました。

フランス国王となったシャルルは、ジャンヌの身代金を払いませんでした。
政治的な判断であったといいます。
ジャンヌはシャルルに見捨てられたワケです。
彼女の身柄はイギリスに引き渡され、宗教裁判(いわゆる魔女裁判ですね)にかけられます。
そうして、ジャンヌは火刑に処せられ19歳の短い生涯に幕を閉じました。


僕は授業でジャンヌ=ダルクの話をするとき、ホモ=サピエンスの「場の共有」について問題提起します。
例えば、「僕が星野源やったらやる気がでるやろ?」と聞くと、ノリのいい女子高生なんかは首を大きく振って「そうだ、そうだ。」と賛同してくれるのだけど、いろいろ試してみた(向井理さんや斎藤工さんとか)ところ、結局いちばん反応の良いのは「星野源」でした。
星野源さんの人気はすごい。

僕もあきらめて「そう、そうやろ!それが士気いうねん。」とまくしたてるのですが、こんなナリで本当に申し訳なく思います。
すみませんね、星野源じゃなくて。
これでけっこう傷ついているのだけど、まあ理解してもらえてよかった。

ジャンヌダルク


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