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私が「OS宗教論争は不毛」と思う理由とスーザン・ケア

(3936字) 先日「Linuxのユーザーエクスペリエンス」という題でnoteを書きました。

この中で少し触れたのが、私が大ファンであるスーザン・ケアという女性デザイナーについてでした。彼女は初期Macのアイコンデザインをしたユーザーインターフェイスデザイナーです。今回は、彼女についてもう少し深堀りしてみたいと思います。

GUIの母=スーザン・ケア

私は「Mac vs Windows」とかいうOSやツールの宗教化や宗教論争は不毛だと思っています。その理由のひとつが、このスーザン・ケアという人物の存在を知ったことからでした。

パーソナル・コンピュータの概念を生んだ「生みの親」が二人のスティーブ、世界中に広めた「育ての父親」がビル・ゲイツなら、彼女はパーソナル・コンピュータGUIの「母」だと私は思っています。

彼女は、今では誰もが知る、Macを起動したときに表示される「Happy Mac」のアイコンをデザインした人です。

Mac OSがバージョンアップされる長い歴史の過程の中でいろいろな要素が削ぎ落とされて洗練され、いまでは顔の真ん中の部分だけしか残っていませんが、起源となるのはこのスーザン・ケアのアイコンです。

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https://invention.si.edu/susan-kare-iconic-designer

そう、あの世界中のMacユーザーの心臓を悪くさせた「爆弾アイコン」も、彼女がデザインしたものです。彼女はこのデザインが過激すぎるのではと思ったそうですが、「システムエラーが起こったときに表示されるアイコンだから、めったに出ないはずだよ。だから、大丈夫だよ」と言われOKが出たそうです。それがその後どうなったかは旧Macユーザーの皆さんはご承知の通り。この爆弾アイコンはMacの代名詞になりました。つまり、出まくったわけです。

それはさておき、彼女はアイコンだけでなく、MacのコマンドキーやChicagoフォントなどもデザインしました。私はこのChicagoフォントを使いたいという理由だけのために、購入した日本語版Mac OSのFInderのリソースをResEditで書き換えて英語化して使っていました。そのくらいこの「Happy Mac」と「Chicagoフォント」は私にとっての「Macの象徴」でもあったわけです。

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彼女のApple初期の仕事についてさらに知りたいなら、この辺の記事が参考になります。

https://gigazine.net/news/20140408-apple-first-icons/

Windows GUIの起源を紐解いていくと・・・

1986年、スーザン・ケアはスティーブ・ジョブズがAppleを離れて立ち上げたNeXTに共に移籍します。NeXTSTEPではクリエイティブディレクターという役職で、アイコンは彼女がNeXTに引き抜いたキース・オーフスが担当しています。なのでNeXT在籍中の彼女のアイコンワークは私が調べた範囲では未知です。(どなたかご存知であればご教示下さい)キース・オーフスがデザインしたNeXTSTEPのアイコンはNeXTSTEPの描画能力を示すためのリッチなグラフィックをもつアイコンだったため、彼女が得意とするビットマップアイコンと合わなかったのかもしれません。

「ビットマップデザインがしたい」という理由で彼女はNeXTを去って独立します。そして、IBMやSONY、モトローラなど大手のメーカーのデザインを手がけます。そしてそのクライアントにはマイクロソフトもありました。

1980年代後半、マイクロソフトのOSであるWindows 3.0のアイコンを手がけます。Windows 95旋風が吹き荒れる数年前の話です。

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このユーザーインターフェイスデザインを見ると、Windows嫌いを自称するMacユーザーもなにか感じるものがあるのではないでしょうか。 フォントといい、アイコンといい、初期のMacを彷彿させる温かみのあるデザインです。 そりゃそうです。デザインを手がけている中の人は同じなのですから。

Linux GUIの起源を紐解いていくと・・・

そしてなんと彼女はLinuxのデスクトップ環境であるGNOMEのファイルマネージャーNautilusのGUIのデザインにも携わっています。

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このNautilusを開発したのは米Eazel社。

https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Eazel&oldid=815027103

そしてそのEazel社の創業者は、アンディ・ハーツフェルド。 この名前を聞いて「はっ」としたら、あなたはかなりのMac通です。

そう、初期Macintoshチームの主要メンバーの一人であり、伝説のプログラマーです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/アンディ・ハーツフェルド

このアンディ・ハーツフェルドとスーザン・ケアは高校時代の友人同士。スーザン・ケアはこのアンディに誘われてAppleに入社し、アイコンやフォントをデザインするようになったわけです。アンディ・ハーツフェルドがAppleを去った後に自ら立ち上げたこのEazel社で彼は旧友であるスーザン・ケアにGUIのデザインを依頼したわけです。

(アンディ・ハーツフェルドはその後オープンソースアプリケーション財団に入り、2005年からはGoogleに移籍。どちらのプロジェクトも頓挫してしまいましたが、あのGoogle+やPicasaなどを手がけています。)

そしてEazel社のCEOは、これまた元Appleのマイク・ボイチという人物。

https://en.wikipedia.org/wiki/Mike_Boich

のちにMac OS XのFinal Cut ProやFinder、Time Machineの開発に関わることになるジーン・リーガンという人物(長年のLinuxユーザーらしい)もEazel社に在籍していました。

http://www.storiesofapple.net/working-at-eazel-an-interview-with-gene-ragan.html#more-908

EazelやNeXTに関わった人達はその後Appleに移籍してSafariやFinder、Quartz/CoreAnimationなどの開発に関わるようになります。

つまり・・・

「Linux 標準ファイルマネージャーの起源は、元ガチガチのAppleの中の人たちが立ち上げたチームが作ったもの」

だったわけです。

スーザン・ケアのプレゼンから垣間見えるデザイン哲学

彼女のプレゼン動画です。ここで彼女はコマンドキーやHappy Mac開発の裏話と、アイコンデザインにおいて非常に興味深いことを語っています。

https://vimeo.com/97583369

絵がリアルになるほど、人はそれが「他人」であることを意識する。絵がシンプルになり抽象化されてアイコン化されていくと、それは「自分」になっていく。つまり「共感度が増す」というわけです。

これは、絵を描いたり模型やモデリングをする人にとっても、とても参考になる考え方ではないでしょうか。

彼女がAppleに入社した当時、アイコンを描くエディターは存在しませんでした。そしてその彼女がアイコンを描くためのエディターを、アンディが作ったのです。

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いい話・・いや、というか、すごい話だと思いませんか? それまでに概念すらないもの、そしてそれを作るための道具をゼロから作り出したのですから。

彼女がデザインしたMAC PAINTのツールアイコンは、今でもPhotoshopなどのメジャーグラフィックアプリのアイコンのベースに使われています。

スーザン・ケア=3大メジャーOSとアプリのGUI開発に関わった(おそらく唯一の)人

これまでの話からポイントを抽出して簡単にまとめると、

1. 初期Macのアイコン、フォントデザイン
2. 初期Windowsのアイコン、ソリティアのデザイン
3. GNOMEのファイルマネージャーNautilusのGUIデザイン
4. グラフィックソフトのツールアイコンのデザイン

は全て彼女が関わってきたもの、ということです。

つまり、ちょっと誇張して言ってしまえば

「MacもWindowsもLinuxも、グラフィックツールも、起源となるGUIデザインは同一人物によるもの」

ということも言えるわけです。 もちろん全てが彼女一人の仕事とは言えないとは思いますが、どのOSのアイコンデザインやGUIデザインにも携わっていたのは事実です。スーザン・ケアはまさに「GUIデザイン界のイコン的存在(アイコンデザイナーだけに)」とも言える人物なのではないかと思います。

まとめ:OSの宗教論争は不毛

どのメジャーOSのUIも、起源をたどれば同じような人達のコミュニティに行き着いて行きます。 私は「このGUIの何が自分を惹きつけるのか?」の根本的な本質を探していったら初期Macチームとスーザン・ケアに行き着きました。 そしてWindowsやLinuxを使っていても、「あ、ここいいな」と思う部分の起源は全てこれらの人達が関わっていた事実を知ります。

PC黎明期を支えた彼らフロンティア達の歴史を紐解いて様々な事実を知るたびに、彼らへのリスペクトは深まるばかりです。パーソナルコンピュータを生み出した人達の時代背景・情熱・そしてそれを取り巻く文化への憧憬と彼らへのリスペクトこそが、私が「OSの宗教論争は不毛」と思うようになった一番の理由なのです。

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