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書評「米中もし戦わば」ピーター・ナヴァロ (著)

TikTokが禁止になる?」といううわさが、普段政治に興味のない層まで大きな話題を呼んでいるようで、日本での利用者の多さや、米中問題への関心の高さをうかがわせる。90日以内の米国事業の売却命令を出し、トランプは本気のようだ。

この騒動(?)の裏側にいるのが、ピーター・ナヴァロ米大統領補佐官だ。対中強硬派と知られ、トランプ政権の対中政策の根幹にいるとされる人物。

彼の著作の邦訳が出版されており、出版当時もかなり話題になったが、つい手をつけずにいた。ところが、まさかのパンデミックという誰も想像すらしなかった引き金が、にわかに米中の緊張感を高めている。これは米国の対中政策の考え方を読まずに済ませるわけにはいくまいと、遅ればせながら読了したため、紹介したい。

本書の原著が出版されたのは2015年で、翌年には邦訳が出るなど、関心の高い本である。それもそのはず、選挙中からトランプの政策アドバイザーをつとめ、大統領就任後も側近として関わっている重要人物本人の著作。

原題は "Crouching Tiger" で、クラウチングスタートのCrouchingという単語が示す通り、今にも米国に襲い掛かりそうな中国の驚異を啓蒙することに主眼がおかれている。とはいえ、一貫して「いかにして平和を保つか」という観点で書かれており、米中双方の専門家の意見を、強硬派穏健派問わず幅広く取り上げ、注意深く考察が行われている。

それもそのはず、彼の主張というのは、「アメリカが世界最強なんだから、先制攻撃しよう!」などという安易な主張ではなく、むしろ米国が何も手を打たない間に、中国はアメリカに匹敵するほど強くなっているのではないか?というもの。当然、いかに軍事衝突を避け、中国の核が米国本土を焦土と化すのを防ぐか、という観点にもなろうというもの。

本の構成は、「米中両国が核保有国であることによって、中国がアジアで通常戦争を始める危険性は非常に低くなっているか?」というような設問が出され、その解答を考察するという、大学の授業のような知的作業の繰り返しで、読んでいて小気味よい。大学教員としての経験が生きているのかもしれない。知的好奇心も満たしてくれる良書だ。

しかし内容には気落ちするしかない。すでに中国には核抑止力すら効かず、むしろ米ソ間での核軍縮の取り組みを逆手に取り、中国は核戦争で勝てるだけの実力を持とうとしている(ほぼそれは達成された)という分析。

また、経済制裁を行うことは、アメリカ経済が中国への依存度が高いために、ほとんど検討の対象外だと指摘している。

少なくとも中国に関しては、経済・金融制裁という非軍事的ツールはほとんど検討の対象外だ

この著作時点から、トランプ政権に入り実行してきた様々な政策パッケージを通して、経済制裁という非軍事的オプションが選択肢になるところまで持ってきたのだから、ナヴァロとしては戦争回避に向けて大きな前進をしているということなのだろう。しかし、

私たちは中国製品を買うたびに、中国の軍事力増強に手を貸している

という主張は、ことここに至った2020年夏においてもなお過激と聞こえるかもしれない。それだけ米国は本気だということかもしれないが。

本書では日本についてもそれなりの紙幅を割いて考察を行なっているが、

日本が戦争の引き金あるいは火種となる危険は大きい

と指摘している点は、重く受け止めるべきだろう。ナヴァロは、そもそも日米安保条約が結ばれたときに想定されていたのは米ソ冷戦であり、日本が実際に攻撃されるような自体は想定外だった、と指摘する。激変する世界情勢に対応して、日米安保も不断に見直されてしかるべきだと思うが、終戦から75年を迎えた日本では、相変わらずな議論(とすら呼べない何か)が繰り返されている。

日本の政治がどうあるべきかはまた別の頭の痛い問題として、ビジネスに関わる人間としては抑えておきたい、まだ読むのに遅くない良書だと思われるので、ぜひ一読をお勧めしたい。(了)


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