CD:サンソン・フランソワのベートーヴェン

サンソン・フランソワのベートーヴェンを聴いた。

奇っ怪な演奏として有名な録音。

悲愴を聴き始めて、案外、まともじゃないかな、なんて思ったのも束の間、噂通りのいかれた演奏だった。

そらは、月光でも、熱情でも変わらない。

フランソワはベートーヴェンが好きではなかったと言われている。

少なくとも、この録音を聴く限りでは、全く好きじゃなかった様だ。

こんな素人耳にも出鱈目なベートーヴェンのピアノ・ソナタの演奏がスタジオ収録されて、メジャー・レーベルから堂々と発売されるなんて、フランソワ以外にいるとしたら、ポゴレリッチくらいじゃないかな。

それくらい、フランソワ・ワールド全開。

俺がベートーヴェンを面白く聴かせてやろう、なんて上から目線すらない。

仕方がなく3曲弾きました、そんな怪訝さがあって、いっそ、清々しい程だった。

あからさまな編集痕も、何とかこの演奏を製品化しなければならならなかった人達の苦慮が偲ばれるというものだ。

変に崩すのは言わばフランソワの通常運転だとしても、如何にも詰まらなさそうに、義務的に淡々と打鍵している様な場面が散見する。

うっかり音楽に熱中してしまわない事に神経を研ぎ澄ませている。

立派にならない様に、面白くならない様に、素晴らしくならない様に。

勿論、実際にはどうだったかは分からない。

案外に、真剣に取り組んだ結果だったとしても、不思議はない。

兎に角、フランソワにはベートーヴェンが分からなかったのだと思う。

否、やっぱり、分かっちゃったから、わざと外したのかも。

何れにせよ、ベートーヴェンに一方的に喧嘩を売って、さっさと引き揚げてしまう感じが、好い。

最近は、みんな、何でもよく分かり過ぎるくらいに分かってしまう世の中でしょう?

理解が深い、共感力が高いって、それは良いことに決まっているけど、本来、人間って、そんなに一人で何でも理解しなくてもよい存在なのではないか知ら。

ベートーヴェンの音楽に真正面から取り組んだ、余り才能のないピアニストの演奏なんかよりも余程面白い、なんて事は言いたくないし、実際、凡庸でも誠実な人の丁寧な演奏の方が、齢を重ねる毎にじわりじわりと身に染みる様にもなって来た。

それでも、あぁ、フランソワという人は、どうにも仕様のない人だなぁ、とつい笑ってしまうのだ。


きっと自分は甘いのだと思う。

沢山の人が、この録音に呆れただろうし、ベートーヴェンだって、聴いたら憤慨したに違いない。

けれども、そこまで含めて、このレコードは音楽史に輝いているじゃあないか、と密かに思う。

勿論、それは勝手な言い分で、それこそ、分かった様な事を言うのも、大概にするべきだ。

そう、何より、そういう自分の過ちが、きっと、嬉しいのだ。

そして、そんな輩は、世の中に、案外、沢山いやしないかな。

僕らは本当の所、そこまで分かりたくないものなのかも知れないよ。

フランソワのベートーヴェンを聴いて、ふと、そんな風に考えてみる。

まあまあ、出鱈目な了見だ。

でも、フランソワのベートーヴェンだよ、そのくらい考えるのが道理というものだろう。


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