映画:マイ・バッハ 不屈のピアニスト

数年前、プログレというジャンルの音楽が好きな同僚に、エマーソン・レイク・アンド・パーマーの『恐怖の頭脳改革』って知ってる?と訊ねたら、愚問、との答えが帰って来た。

その中に、ヒナステラのピアノ協奏曲第一番の最終楽章をモチーフとした曲がある。

それじゃあ、ヒナステラは聴いた事はある?って聞いたら、それは聴いた事がないというので、ヒナステラのピアノ協奏曲が入っているCDをあげたら、原作の方が断然好いね、という感想だったのを意外に思った記憶がある。

『マイ・バッハ 不屈のピアニスト』なんて題名だったので、観たいという気持ちには全くならないでいたのだけれども、ふと映画館でチラシを見て、ジョアン・カルロス・マルティンスという、実在するブラジルのピアニストの人生を描いた映画だと知った。

ジョアン・カルロス・マルティンス、って知らないピアニストだなぁ。

ん? いや、待てよ、ラインスドルフとヒナステラのピアノ協奏曲の録音を残したピアニスト、確か、そんな名前でなかったか知ら?

慌てて、スマートフォンで検索したら、そう、やっぱりあのマルティンスだ!

兎に角、ぶっ飛んだ演奏なんだよね、マルティンスのヒナステラは。

だから、本当は、マルティンスの録音を同僚に聴かせてあげたかったんだけど、残念ながら、その時はCD化もされいなかったから、代わりに、メキシコの音楽家が録音したものにしたんだよな。

マルティンスは、ヒナステラの録音の後、早々に表舞台からは姿を消した様だったけど、天才演奏家には、そんな経歴を辿る人は山ほどいるから、普通に消えたんだろうなと思って、余り調べもせずにいた。

だから、マルティンスの人生がこんなにも過酷なものであったとは知らなかったけど、何より驚いたのは、根っからのバッハ弾きで全曲録音も残していた事の方で、正直、あのヒナステラのいかれた演奏をする人とバッハは全然結び付かないんだよね。

映画で流れる音楽は、基本的にマルティンス本人が演奏した音源を使用しているとの事だった。

ヒナステラは勿論、バッハの演奏も、相当に荒ぶった演奏で、その過激さは、映画で描かれるマルティンスの奇人的な過激さよりも過激だ。

マルティンスのバッハ、もっと聴いてみたいねぇ。

ラインスドルフと録れたヒナステラのレコード、そのジャケットに写るマルティンスの姿は、音楽家としてとても長持ち出来そうになさそうな、破滅へ向けて疾走するタイプに見える。

実際、映画で演じられるマルティンスは狂気だ。

だけれども、幾度も起こる身体的な障害に対しても不屈の精神で立ち向かって、若い音楽家や、身体的な障害のある人達の為に、献身的に活動をしている近況を見るにつけ、あんなに尖った音楽をやっていた人とは、到底、思えなくて、嬉しかった。

リオのパラリンピックの開会式で、指3本しか動かないピアニストとして、演奏をしたそうだ。

映画の最後に、マルティンス本人が指3本で有名なピアノ協奏曲の第2楽章(誰の曲だったか、何故か思い出せない)を弾いている。

とても穏やかで、慈しむ様に奏でられる音楽が、あのヒナステラを弾いていた人のものとは、やっぱり思えなかった。

その振り幅が、マルティンスの過酷な人生を何よりも物語ってしまうから、映像はどんなに頑張っても、到底、音には追い着けない。

それが、好かった。

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