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クロスオウヴア 16

■■■ DNA 3 ■■■
 佑右はさっそくテレビのスイッチをいれてチャンネルを百六十二にあわせた。

「・・・本日よりホームページにおいて、解読されたDNAのすべての情報が公開されています。『解読』というと、DNAはもうすでに解読されているんではないか、とお考えの方もいらっしゃると思います。そのあたりについて、中野教授。今回いわれている『完全な解読』とはどういう意味なのでしょう。

 日邦大学の中野教授は、五十過ぎの白いひげをたくわえた紳士で、いかにも「教授」然としている。

「DNAはアデニン、チミン、グアニン、シトシン、という四つの四種のヌクレオチド塩基からできていて、それらの配列がそれぞれの生物に固有の蛋白合成を決定しています。」

「えー、そのアデニン、チミン、グアニン、シトシンという四つの記号が、生き物の設計図であると・・・」

「そういうことになります。分かりやすいように、これを、例えばスパイの暗号に例えましょう。」

「はい。」

「ある時、スパイがある情報を仲間に伝えようとして、その情報をA、T、G、Cの四つの記号を使って暗号化したとします。そして書かれたものを封筒に入れて封をした。」

「その『A、T、G、C』というのは、アデニン、チミン、グアニン、シトシンの事ですね。」

「そうです。この封筒を我々が見つけた。これが染色体の発見です。ただしその時には、封筒の中身が何であるか私たちは分かってはいなかったんです。」

「中に重要な暗号が入っているとは知らなかった?」
「そうです。中に何かが入っているとさえ最初は気付いていなかったんですね。そして封筒が開封され、中に暗号が入っていることが分かった。」

「遺伝子の発見?」

「そうです。それからはDNAの配列、アデニン、チミン、グアニン、シトシン並び方ですね、それを読み取る競争が、各国の研究期間で始まったのです。ただしそのデータは膨大な量であったため、初期の頃は遅々として進みませんでした。比較的データ量の少ない下等な生物から始まって、徐々に高等な生物へと読み取りが進んでいったのです。」

「私たちが子供の頃ですね。」

「そして二十世紀末から二十1世紀初頭にかけてほ乳類のDNAの読み取りが完了しました。当時『DNAが解読された』といわれていた意味は、アデニン、チミン、グアニン、シトシンの塩基配列の読み取りがなされた事であって、まあいわば暗号の入った封筒の封が切られ、中の暗号文書が出され、読み上げられただけだと言えるでしょう。」

「なるほど。では今回の『完全な解読』とはどのような意味なのでしょうか。」

「スパイの暗号の例で言えば、暗号の入った封筒の封を切って中を読んだだけではなく、その暗号を解読して、その書かれている内容を理解したのだということです。」

「暗号の内容まで理解した。ということは、ヒトのDNAの話でいくと、DNAの配列の意味がわかった?」

「ええ、DNAの配列がどういう意味を持つのか。例えばDNAのある部分の配列がこうであるなら、こういった病気にかかるとか。こういう体型、外観になるとかいったことです。」

「じゃあ、ここの遺伝子が、仮に1ならば金髪で2ならば赤毛で3なら黒髪になるとか・・・」

「そんなに単純ではありませんが、まあ、簡単に言えばそういうことです。」

「それって、もしかするとすごいことなんじゃあないんですか。」

「二十世紀末に膨大な量の封筒の中身が全て読まれ、そして今、その内容が全て明らかにされたということです。」

 難しいニュースを易しく伝える事が売りのこの報道番組いやバラエティー番組は、適度に軽薄なキャスターが人気を博していた。

つづく

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