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「名言との対話」9月26日。小泉八雲「外国人の旅行者にとっては、古いものだけが新しいのであって、それだけがその人の心を、ひきつけるのである」

小泉 八雲(こいずみ やくも、1850年6月27日 - 1904年明治37年)9月26日)は、ギリシャ生まれの新聞記者(探訪作家) 紀行文作家随筆家小説家日本研究家日本民俗学者ラフカディオ・ハーン という名でも知られる。

ハーンは来日し松江中学で教え、旧藩士の娘・小泉セツと結婚し、小泉八雲と名乗る。熊本の第五高等学校で教えた後に東京帝大文科大学講師となり英文学を教えた。小泉八雲熊本旧居は小泉八雲が第五高等学校英語教師に着任して最初に住んだ家である。漱石は17歳年上の有名人・小泉八雲ラフカディオ・ハーン)の後任だった。

「怪談の書物は私の宝です」と言うように怪談好きは特別だった。そして嘘つきが嫌いだった。眼鏡はうその目、入れ歯はうその歯、お世辞もうそであった。煙管で煙草を吸うのが大好きだった八雲は、得意の背泳ぎで葉巻煙草をくゆらせながら海上に浮かんでおり尊敬のまなこで見られてもいたという。

2014年にPodcastで「ラジオ版 学問のすすめ」Special Editionを聴いた。小泉凡(小泉八雲記念館顧問)。テーマは「怪談四代記 八雲のいたずら」で、とても面白く聞いた。

2017年に渋谷の「塩とたばこの博物館」を訪問した。煙草を愛した人々というコーナーがある。本居宣長太宰治吉田茂山東京伝荻生徂徠平賀源内林羅山などと並んで小泉八雲も紹介されていた。煙草好きは有名だったのだ。

2019年に島根で小泉凡先生(小泉八雲記念館館長)の講演を聞いた。知研宮島の合宿だ。5年前の顧問から館長になって本格的に八雲に取り組んでいた。テーマは「小泉八雲が愛した神々の国の首都・松江。オープンマインドの航跡を追って」であった。

前半は、小泉八雲の生涯を説明。後半は。スーパーヘルンさん講座、五感を使った教育、全員が怪談を語れるようになった、など子ども塾のこと。ミステリーツアー・ゴーストツアーの紹介があった。夜歩く。10年で316日、5112人が参加。今では県外者が7割以上。焼津、彦根などでもゴーストツアーが開催されている。海外もダブリン、ニューオリンズとの交流。アイルランドはゴーストではなく妖精。

この記念館は、地域の不思議文化の発掘と発信をしている。「松江は怪談のふるさとだ」という館長の言葉に納得した。珍しい「生きている記念館」だ。小泉凡館長は人物記念館の館長のロールモデルだと感心した。他分野への越境、人と人との繋がり、縁が歴史をつくる。坂本九想い出館もそうだが、ファンの募金でできた記念館というところに価値がある。夕刻からの懇親会では、小泉先生の隣りに座ることになった。日航アテネ支店長だった西村六さん(小泉八雲の研究家)ら共通の知人の話題もでて仲よくなった。

日本を、古い日本を愛した八雲は「日本人ほど、お互い楽しく生きていく秘訣を心得ている国民は、ほかにちょっと見当たらない」とも語っている。外国人によるこのような観察は多い。

「諸君が困難にあい、どうしてよいか全くわからないときは、いつでも机に向かって何かを書きつけるのがよい」という言葉には同感だ。襲ってくる難問には冷静な心持ちになって問題を明らかにしてそれを解いていかねばならないからだ。

文明は常に新しいものをつくる。それは近代以降はすぐに世界共通のインフラとなる。その国の文化は古いものの中にしかない。だから旅行者の目には、古いものだけが新しいと感じるのだ。古いものは新しい。

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