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「名言との対話」2月27日。稲畑汀子「善意を持っての選句」

稲畑 汀子(いなはた ていこ、1931年1月8日 - 2022年2月27日)は、神奈川県出身の俳人。享年91。

横浜出身。小学生時代から祖父の高浜虚子、父の高浜年尾から俳句を学び、小林聖心女子学院専攻科中退後に俳句修行に専念し、祖父と父ととみに全国をまわる。24歳で結婚。

1965年『ホトトギス』同人、1977年雑詠選者。1979年父の後を継ぎ『ホトトギス』を主宰。1982年から朝日俳壇選者。1987年、日本伝統俳句協会を設立し会長。1994年、NHK俳壇講師、選者。2000年、虚子記念文学館(芦屋)を開館し理事長。2013年、『ホトトギス』を息子の廣太郎に譲る。

稲畑汀子は、生涯において、句集7冊、選集3冊、随筆15冊、随筆9冊、編著9冊を刊行している。

以上の経歴をみると、稲畑汀子は伝統俳句の王道を歩んだ感じがする。

以下、私の好きな句をあげてみる。

 今日何も彼もなにもかも春らしく

 どちらかと言えば麦茶の有難く 

 一枚の障子明りに技芸天 

 初蝶を追ふまなざしに加はりぬ

 君がため春着よそほふ心あり

 書初めの筆の力の余りけり

 看取りより解かれし冬を淋しめり

 花の道つづく限りをゆくことに

その句風を高浜年尾は「星野立子の句を虚子は「景三情七」といったが、汀子の句は「景七情三」といえる」としている。

俳句雑誌『ホトトギス』は、高浜虚子、そして子の高浜年尾、孫の稲畑汀子、曾孫の稲畑廣太郎(1957年生)と肉親が4代続いており今も健在である。「雛飾りつつ ふと命惜しきかな」と詠んだ虚子の次女の星野立子も「写生」を引き継いでおり、自由、平明、清澄、清新な趣がある句を詠んだ俳人だ。虚子という俳句界の大御所は、高浜家を中心に俳句を「家業」とすることに成功したのだと感銘を受けた。

短歌の佐々木信綱の佐々木家は、こちらも子の治綱とその妻の由畿、孫の幸綱、曾孫の頼綱と定綱と続いている。 人物論をやっていると「家業」というものが近代において重要な位置を占めていることがわかる。継ぐか。捨てるかであるが、学問や芸術の分野においても「家業」というものの重みと凄みを感じることになった。

稲畑汀子の信条は「善意を持っての選句」であった。日本全国だけでなく、世界各地を吟遊し、俳句の国際化にも大きな功績があった。俳句界にとって、名実ともに得難い人であった。


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