日本近現代の偉人たちのの生涯と絞り出した名言から学ぶマガジンです。
誕生日や命日を切り口に、2016年1月1日から毎朝書き続けています。
2500日を超えてきました。「日本の精神…
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2022年3月の記事一覧
「名言との対話」3月23日。内村鑑三「最大遺物とは何であるか。、、人間が後世に遺すことにできる、ソウして誰にも遺すことのできるところの遺物で、利益ばかりあって害のない遺物がある。それは何であるかならば「勇ましい高尚なる生涯」であると思います」
内村 鑑三(うちむら かんぞう、1861年3月23日(万延2年2月13日)- 1930年(昭和5年)3月28日)は、日本のキリスト教思想家・文学者・伝道者・聖書学者。 札幌農学校入学後、W.S.クラークの感化で受洗。卒業後渡米してアマースト大学などに学ぶ。1891年第一高等中学校講師の職を教育勅語に対する不敬事件のために追われてから、1897年「万朝報」記者となり、「聖書之研究」(を主宰。足尾鉱毒事件での社会正義の主張、日露戦争時の非戦論など、信仰と世界的視野に立つ愛国・正
「名言との対話」3月16日。村山長挙「君(緒方竹虎)は生きて、私どもを導くことの何と大きく、死んで私どもに反省を与えることの何と多いことでしょうか」
村山 長挙(むらやま ながたか、旧字体:村山長擧、1894年3月16日 - 1977年8月7日)は、日本の新聞経営者。朝日新聞社社長、社主。 東京都府中市生まれ。京都帝大卒。1919年、朝日新聞初代社主の村山龍平の長女と結婚。婿養子となる。1920年取締役として朝日新聞に入社。1933年会長。1940年社長。主筆で声望の高かった緒方竹虎と不仲であった。1943年、「資本と経営の分離」で緒方を解任する。1944年緒方は退社し政治の世界へ向かった。敗戦後、朝日新聞の戦争責任を