バズる、バズらない。


最近世間では「バズる」というワードがはやっているそうな。

「バズる」とはなんぞや?と検索してみると由来はミツバチの羽音らしい。

童謡で「ぶんぶんぶん」という音が「buzbuzbuz」となるらしい。


おお、かわいいな!と思っていたら使い方も可愛らしく、「ねえこれ素敵!」とか「なんかおもしろそう!」「わー!これおいしそう!!」っていう好き!やいいね!やリツイートによって生まれる一時的な人気アクセス上昇のことを指すんだそうだ。

私のブクマしているnoteでもそういったタイトルの記事をちょいちょい見かけるので、きっといわゆる「いまどきの」言葉なんだろうと思う。


そうなると「バズる」記事とそうじゃない記事があることになるんだけど、そういうのって昔からあるよなーってぼんやりと考えてしまった。

私個人としてはすっごく超個人的な話になるけど、流行りっていうのがあまり好きじゃない。

去年?流行ったドラマの「逃げ恥」も最終話放送が終わってしばらくしてから録画したという友人に借りて観たし、「君の名は」もつたやのネット動画を借りて観た。

どっちも良かったし感動したし泣いた。

けど、世間がそのブームに乗ってる時はなぜか観る気がしない。なぜだ。これは私の生涯の命題でもあるけど、こんな変なこだわりに理由を付けたところで変わりようがないんだし、まあいいか。とも思う。

たぶん放置の方向でww

昔からそうなんだけど、私は「猫も杓子も」という言葉があまり好きじゃない。

そういう状態に流される自分も好きじゃない。

半世紀を生きてきていろんなブームがあった。

なめ猫、おにゃんこ、ブラックデビル、だっこちゃん、たまごっち、いろいろなブームがあったけど、昔はそれほど大した事は無かったと思う。

いつからかは知らないけど、便乗商品や派生商品が発売され始めてあっという間に売り切れる現象が目につくようになった。

メディアの戦略が功を奏したのだろうが、まんまとそれに乗っかるとなんか負けたような気になるので自分が「欲しい」と強く思わない限りは手を出さないでいたらすっかり世間から疎くなってしまった。


まあ、それも私だ。と思う。


バズる、バズらない、とタイトルにも書いたけれど、私にとってはぶっちゃけどっちでもいい。

乱暴な言い方だけど、自分以外の人間がどれだけ「バズ」ろうとも彼らが私と同じ価値観とは限らないから、まずは外から眺める。

「buzbuzbuz」と群がっていた彼らの数が減り、落ち着いたところで改めてじっくり「人気」なそれを見たり手に取ってみたりして「ふーん」ってなる。

そこで気に入れば感動するし応援の意味で何かを買ったりすることもある。

いいものはいい。それはわかってる。

だけど、一定数の「buz」がなくても「いいもの」は存在するし、私だけが鼻息荒く「buzbuzbuz」するマイノリティなものもある。


いいものはいい。それはわかってる。

でもいいものイコールみんなと一緒になって「buz」するのが正解だとも思えない。


これは本当に超個人的に勝手に思ってることなので誰かや何かをdisってるわけじゃない。


極端な話、この世の中で私だけがいいと思えるものがあればだれに理解されなくてもそれは私にとっては「いい」んだ。

でも、ブームに流されるのはなんか違うって思っちゃう。


流されずに後になってから自分で手を出した結果、すごく面白くても「もっと早く知ってたらなあ」とは思わない。ボカロしかり、スマホしかり。

いつだって選択肢は自分の目の前にあるけれど、それにいつ手を出そうがスルーしようがやっぱり自分が決めることで、その代わり選択した結果も自分の責任だと思っているから、後悔はない。

っていうか後悔しないように、と思っての選択だから。


ってちょっとかっこいいことを書いてるんだけど、さっきからお腹が痛い。

今日の午後から降る雨のせいで気温がぐんと下がっているらしい。


くそー、せっかくかっこいいこと書いてるのに台無しだ!


っていう残念なひさつぐでしたw

ビオフェルミン飲んでこよーっと。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?