見出し画像

アジア人ヘイト・クライムを乗り越えて 〜 チェンチェン・ルー、リッチー・グッズ

(5 min read)

Chien Chien Lu, Richie Goods / Connected

在米台湾人ジャズ・ヴァイブラフォン&マリンバ奏者のチェンチェン・ルー、二作目は盟友リッチー・グッズとの共作名義で『Connected』(2023)。リッチーはチェンチェンのデビュー作でもプロデュースとベースを担当していました。

これしかし、一月にリリースされたとき(チェンチェンのファンだから)速攻で聴いたにもかかわらず書くのが夏まで伸び伸びになってしまったのは、第一印象からしばらくはイマイチだな〜と感じていたからです。

とはいえ『コネクティッド』はついこないだ台湾の大きな音楽賞を受けたんですよね。表彰式では現地の母親が代わってステージに上がりトロフィーをもらって謝辞を述べていました。一作目の『ザ・パス』もなんか受賞していたし、故国では評価が高いんですチェンチェンは。

それに先立ちバンドで台湾ツアーもやっていて、本人のInstagramにその様子がどんどん上がっていましたが、それを見るかぎり大盛況。コンサートではアルバム二つからの曲をやったはず。終演後にはチェンチェンとリッチーでやったサイン会みたいなのに大行列で、あの大人気ぶりは母国が産んだジャズ・スター的な扱いなんでしょうね。

そんなこんなで『コネクティッド』も見なおしたとかいうわけじゃなく、一月来あきらめず聴き続けているうち(ぼくはそういうしつこい人間)、あるときちょっと前、あっ、こりゃひょっとしてかなりすぐれた音楽かもしれないぞと気がつくようになったわけです。鈍感?

エンタメ・ソウル・ジャズ作品だった前作から一転、『コネクティッド』はシリアスな社会派メッセージ性のかなり強いアルバム。一貫するテーマはコロナ・パンデミック期間にUSアメリカで続出するようになったアジア人アジア系へのヘイト・クライムです。

リッチーのほうはアフリカ系ということで、やはり受け続けてきた差別や排撃とアジア人ヘイト・クライムを重ね合わせ、しかし両者のコミュニティのあいだには溝も深かったこと、それを今後どう乗り越えていったらいいかといった課題がアルバム全編で追求されています。

このテーマをわかりやすく伝達するため、アルバムには三つのナレイション・トラック、4「2021 Interlude」6「Rain Interlude」9「Someday Interlude」を挿入。4と6はチェンチェンとリッチーの日常的なダイアローグで、9はパストール・Dr・アドルファス・レイシーによるスピーチです。

リッチーが「アジア人ヘイト・クライムをどう思う?」とストレートに問いかけチェンチェンが自身の考えを述べるといったやりとりが中心で、パンデミック時代の苦悩や内省、USアメリカ社会の現状やそのなかでの人種的マイノリティの生活など。

9「Someday Interlude」は先行する8「Someday We’ll All Be Free」に続くもの。それはダニー・ハサウェイのカヴァーで、人種的軋轢をみんなで乗り越えようといういかにも1970年代前半らしいニュー・ソウルの典型テーマを持った曲でした。それが2020年代にもピッタリくるというわけでカヴァーされているんでしょう。

したがって9「サムデイ・インタールード」は、性や肌がどんなであれ、人間は支え合わなくちゃ生きられないんだから、壁や溝を乗り越えてつながっていこうよという理想がスピーチされています。

身に迫るリアルな課題だからでしょう、チェンチェンやリッチーが生きている今のUSアメリカ社会の現状と自分たちのおかれている立場があぶり出されていますが、アジア人ヘイト・クライムの問題をこれだけクッキリ表現した音楽作品ってほかにあったでしょうか。

音楽的にはやはり1970年代ソウル・ジャズ的なサウンドと、今回は特に70年代前半ごろのウェザー・リポート(『スウィートナイター』『ミステリアス・トラヴェラー』あたり)を思わせるサウンドで組み立てられています。

さらに5「Rain」はSWV(Sisters with Voices)のカヴァー。ジャコ・パストリアスの「ポートレイト・オヴ・トレイシー」を下敷きにした曲だったので、リッチーのベース・プレイがジャコのそれによく似たスペイシーでリリカルなスタイルになっているのも納得です。

(written 2023.7.3)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?