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薄味系淡色オーガニック・ポップス 〜 原田知世&伊藤ゴローの世界

(6 min read)

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ルール・ブルー(2018)
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ジャジーなレトロ・ポップス・ムーヴメントの記事(1/1)でもオーガニック・ミュージックの記事(1/2)でも、伊藤ゴローがプロデュースする原田知世の作品にそれとなく触れました。そう、ここ日本では、そうした時流を最もよく具現化しているのがこのコンビだとぼくは考えています。

ノラ・ジョーンズがデビューして世を席巻したのが2002年。そこから五年で、日本にもその流れが入ってきたわけです。知世をプロデュースすることになった伊藤ゴローも、はっきりと「ノラ・ジョーンズ的なもの」を意識してサウンド・メイクしたんだなと、いまではよくわかります。

つまり、極力コンピューター・プログラミングやデジタルくさいサウンドを避け、アクースティックな人力演奏とアナログ・ヴィンテージなテクスチャーにこだわって、手づくり感のある歌と演奏を実現したいという志向は、知世&ゴローによる全九作を聴けば、明白でしょう。

伊藤ゴロー・プロデュース原田知世の音楽をひとことで形容すれば「おだやかさ」、これに尽きます。「やさしさ」「静けさ」と言いかえてもいいんですが、カドがなく、やわらかくまろやかで、あわい色彩感。薄味。

ノラ・ジョーンズ的なジャジー・ポップスからの影響とともに、ゴローの持ち味であるジョアン・ジルベルト直系のボサ・ノーヴァ・テイストもそこにくわえ、最低限のデジタル処理はもちろん施していますが、基本、アクースティックなアナログ人力演奏を徹底しているわけです。

熟年をむかえた知世の声質が、これまたそういったサウンドにとてもよくフィットするんですよね。声にハリやノビやツヤが弱く、声量や音程感もややあいまいで、まぁヘタといえばヘタな歌手なんですが、極上の雰囲気を持つヴォーカルです。

だからソウルフルでファンキーな強いサウンドには合わせられないんですが、ゴローはどういったプロデュースに知世が適応するか、徹底して知り抜いていたと思います。というか、自分の実現したい音楽にいちばん似合う声をさがしていて知世に行き着いたということでしょうか。

平穏で静かで落ち着いた知世&ゴローの世界は、派手でザラついてトンがった濃厚な音楽がお好きという向きには決して推薦できないんですが、長年の音楽愛好を経て還暦付近にたどりつき、実人生でもつらく苦しい思いを重ねてきた結果の、おだやかな凪状態を求めるリスナーには、またとない贈りもの。

そんな知世&ゴローの世界、現時点での九作、総計99曲7時間弱というなかから、ぼくなりにことさら最高の心地よさだと思えるものをピック・アップし、なんとかしぼって、20曲約一時間半というプレイリストをSpotifyで作成しておきましたので、もしご興味がおありのかたはちょっと覗いてみてください。ほんとうに癒しなんです。

基本的にアルバム・リリース順、アルバムのなかでは収録順にならべようとしましたが、ちょっとだけ順序を入れ替えた部分もあります。オープニングとクロージングは聴感上の効果を考慮して大きく並び順を変更しました。

このコンビのデビュー作『music & me』には、知世にとって人生最大のシグネチャー「時をかける少女」のセルフ・カヴァーがありましたが、プレイリスト末尾に持ってきました。ゴローの弾くボサ・ノーヴァなナイロン弦アクースティック・ギターとシェイカーだけという、つまり知世の世界を今後どうかたちづくっていくかの宣言みたいなワン・チューンでしたね。

カヴァー集一作目、2015年の『恋愛小説』には、ノラ・ジョーンズのデビュー・アルバムに収録されていた代表曲「ドント・ノウ・ホワイ」があるのも象徴的です。『恋愛小説』シリーズ、その後二作は1970〜80年代の歌謡曲カヴァー。だからレトロ・ポップスといっても着地点はそんな古くないのですが、「昭和」時代への眼差しという意味ではたしかに2020年代フィールがあります。

2017年に発表されたセルフ・カヴァー集『音楽と私』は、それまでの知世自身の代表曲をゴローとともにリメイクしたもので、フル・アクースティックな人力演奏サウンドが徹底されています。歌手キャリアをふりかえりながら新時代のオーガニック・ポップス志向を実現したアルバムで、坪口昌恭のピアノだけで歌われる「天国にいちばん近い島」なんて、もう息を呑む美しさですよ。

それら、過去の初演ヴァージョンと比較すれば、伊藤ゴローがこの歌手を使ってどんな音世界を新時代に構築しようとしたか、いっそう明確に理解できます。ゴローのサウンドで歌う知世は、水を得た魚、そういえるでしょう。

(written 2021.12.30)


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