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ほとばしるパッション 〜 イマニュエル・ウィルキンスのデビュー・アルバムがすごい

(8 min read)

Immanuel Wilkins / Omega

大傑作。とんでもない衝撃。若手ジャズ・アルト・サックス奏者、イマニュエル・ウィルキンスのデビュー・アルバム『オメガ』(2020)のことです。八月に出ていたらしいですが、こりゃすごい。五年に一作出るかどうかというレベルのどえらい傑作じゃないですかね。

これを知ったのは12月はじめごろ。ニュー・ヨーク・タイムズが「Best Jazz Albums of 2020」というのを発表したんですよ。New York Times Musicの公式Twitterアカウントをフォローしているんで、それで流れてきて気づきました。

一位に選出されていたのがイマニュエル・ウィルキンスの『オメガ』だったんですけど、読んだときはふ〜ん知らない名前だなと思っただけでそのまま。それでもこの記事、Spotifyプレイリストが埋め込まれているんで、数日経ってからちょっと流してみたんですね。

トップにイマニュエルの『オメガ』からの一曲が来ているんですが、それで、ちょっと待って!となって、あらためてアルバム『オメガ』をちゃんと聴いてみて、はっきり言って脳天ブチ割られました。絶大なるショック。これほどのジャズ・アルバムが今年出ていたのかと。

それが昨晩のことで、あまりにもビックリしてこればかりリピートして聴いてしまい、頭から離れなくなってほかの音楽が入ってこなくなりました。それできょう、あわてて文章にしているというわけですよ。いやあ。

もうぼく、今年の「ベスト10アルバム」記事は12月4日に完成済みだったんですよね。あとは年末まで約一ヶ月、ゆっくりのんびり音楽聴いていられるだろうとノンキに構えていたところにこの衝撃が来て、ひっくり返っちゃって、完成済みのベスト10記事も書きなおさなくちゃなあ。

現在23歳のイマニュエル・ウィルキンスはペンシルヴェイニア州フィラデルフィア近郊の出身。2015年にニュー・ヨークに移り、ジュリアード音楽院で学ぶかたわらすでに音楽活動をはじめていたようで、知名度のあるジャズ・ミュージシャンのサイドについて世界をまわっていたそうです。日本にも来ているみたいですよ。

調べてみたら2019年のジョエル・ロスのデビュー・アルバム『キングメイカー』に参加していたんですね、イマニュエル。う〜ん、そのときはこれという強い印象を持ちませんでした。あのアルバムではとにかくジョエルのなめらかなマレットさばきに夢中でしたから。イマニュエルにとっては最初期のサイド・レコーディングだったみたいです。

そして今年の八月にブルー・ノートからリリースされた自身のデビュー・アルバム『オメガ』。ジェイスン・モランのプロデュースで、演奏メンバーはイマニュエルのアルト・サックスのほか、ミカ・トーマス(ピアノ)、ダリル・ジョンズ(ベース)、クウェク・サンブリー(ドラムス)という自身のワーキング・バンド。知らない名前ばっかりだぁ。

アルバムでいちばん印象に残るのはカルテットが表現するとても強いパッション、ハンパない圧倒的な熱量の高さです。それを込めるビート感、グルーヴ・センスも新時代のアップ・トゥ・デイトなもので、カルテット四人の一体感もみごとだし、曲によってはバンド全員でぐわ〜っと昂まっていく高揚感は尋常じゃありません。

そうしたパッションの源泉は、何世紀にもわたってアメリカで黒人が経験し続けている苦難や痛みを現代に表現したかったということだとイマニュエルは語っていて、このアルバムは、あたかも2020年的ブラック・ライヴズ・マター組曲といった趣きになっているんですね。

1曲目「ウォリアー」という曲題だって1960年代の公民権運動以来続くアメリカ黒人の社会運動の象徴ですし、2「ファーガスン - アン・アメリカン・トラディション」は、2014年にミズーリ州ファーガスンで起きた18歳の黒人少年が白人警官によって射殺された事件がテーマ。

アメリカの伝統(American Tradition)になってしまった社会の構図に抗議をするというテーマは、同じことばを使った4曲目「メアリー・ターナー - アン・アメリカン・トラディション」でも同じ。21歳の妊婦と胎児の命を奪った1918年の悲惨な事件を描いたもので、アメリカの一部にいまもはびこる白人至上主義の問題を深く嘆く作品です。

3曲目「ザ・ドリーマー」は全米黒人地位向上協会(NAACP)の会長をつとめたジェームズ・ウェルドン・ジョンスンの人生を讃えた曲ですし、5「グレイス・アンド・マーシー」も社会性を帯びたスピリチュアルな曲なのはあきらか。

こうしたアルバム『オメガ』前半における展開は、そこに込められた音楽家の思いの強さ、情熱ゆえに、それがサウンドにも反映され、激情的でしかし反面クールにも聴こえるっていう、そんなフィーリングでの演奏になっているかなと感じます。

アメリカ黒人音楽家の怒りやパッション(苦難、激情)が深く刻まれたされたイマニュエルのこのアルバムの音楽、リリースされた2020年のBLMとも強く共振する内容で、まさしく今年出るべくして出た、いまの時代のアメリカ音楽だなとの思いを強くします。

アルバム後半の6〜9曲目はパート1〜4と題されていますので、アルバム内組曲みたいなものなんでしょう。ジュリアード音楽院在籍時代に書いていた曲だそうで、なかでも9曲目「パート4. ガーディッド・ハート」でのフリーキーでパッショネイトなアルト演奏が印象に残ります。強い激情があふれんばかりにほとばしるという意味ではアルバム全体のクライマックスですね。曲後半での爆発ぶりはほんとうにすごい。

続くラスト10曲目はアルバム・タイトル曲「オメガ」。これは1「ウォリアー」、5「グレイス・アンド・マーシー」とならび、このイマニュエルのデビュー作を象徴するできばえのスピリチュアルでハードなグルーヴ・チューンですね。コンポーザー、アレンジャー、バンド・リーダーとしてもすでに完成されているし、バンドの四人全員で密接にインプロヴァイズド・アンサンブルを重ねるようにして上昇していく2020年的なアップ・トゥ・デイトなグルーヴ感、ビート・センスには完璧に降参です。

(written 2020.12.8)

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