まるで宝石 〜 ルーマーのバカラック集が美しすぎる
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Rumer / This Girl’s in Love: A Bacharach & David Songbook
きのう最新作のことを書いたルーマーには今回はじめて出会ったわけですが、Spotifyで聴けるものをひととおりぜんぶ聴いてみて、いちばんのお気に入りになったのが2016年の『ディス・ガールズ・イン・ラヴ:ア・バカラック&デイヴィッド・ソングブック』。あまりのたおやかな美しさに、もうはっきり言ってトロケちゃったと言ってもいいくらい。
ルーマーがイギリスを離れアメリカに定住するようになったのが2015年のことらしいんですけど、ちょうどそのころロブ・シラクバリと結婚しています。ディオンヌ・ワーウィックやバート・バカラックとの仕事で知られているマルチ楽器奏者/アレンジャー/プロデューサーですね。それ以前からバカラック本人もルーマーに注目して声もかけていたそうで、そんないきさつがあって2016年にバカラック&ハル・デイヴィッド曲集をつくることになったのでしょう。
だからアルバム『ディス・ガールズ・イン・ラヴ』のプロデュースとアレンジは当然のように全編ロブ・シラクバリが担当。ディオンヌが歌ったレパートリーが多く、そのほかあまり知られていない曲もふくまれていたりするのは、ロブの仕掛けなんでしょうね。しかもバカラック・バンドで仕事をしていただけあって、このルーマーのアルバムでもバカラックによるオリジナル・アレンジを尊重したできあがりになっているあたりも意義深いところです。
一聴、バカラック本人がアレンジのペンをとったのかと聴き間違えそうなほどで、しかもルーマーの持つ声質と歌いかたがバカラック・ソングにまさにぴったり。曲の資質と歌手の資質がこれほどまでに合致している音楽ってなかなかないなと思うんですけど、そこに聴き手としてのぼくの趣味までフィットしていますから、『ディス・ガールズ・イン・ラヴ』はそんな例外的な、まれな奇跡のような宝石だと思えます。
しかもアレンジされたサウンドも歌手の声もほんとうに美しいでしょう。全編、派手にもりあがるということもなく、ただひたすら世界を淡々と描いているだけなんですけど、それでここまで感動的に仕上がるというのは、まずはやっぱり曲そのもののよさでしょうね。ロブ・シラクバリはバカラックのパートナーだったわけですから、さすがその曲群を知り尽くしているなという印象です。そういうリズムやバンド、オーケストレイション、プロデュースじゃないですか。
歌手のルーマーも、この独特の落ち着いたしっとりめのヴォーカルが曲によく似合っています。2016年になって、バカラック・ソングはその最好適なパフォーマー・コンビを得たのだと、そう言えるような気がこのアルバムを聴いているとしてきます。どの曲もオリジナルよりいいし、ロブのアレンジも秀逸で、バカラックの書いた曲をどこまでも第一に考えているな、その曲のもともと持っているよさを引きださんとしているなというのがよくわかります。ルーマーのヴォーカルだってそうです。曲のよさを最大限にまで発揮するようなていねいで美しい歌いかたをしています。声そのものがやわらかくて美しいんですね、ルーマーは。
オリジナル・ヴァージョン以後、数多くのバカラック・ソングはたくさんの歌手たちを魅了してきて、だからバカラック・ソングブックのアルバムは多いんですけれど、このルーマーの2016年作『ディス・ガールズ・イン・ラヴ』を聴いたら、これこそ最高、No.1で、これを超えている作品はないなと、そう実感するようになりました。
アルバムのどの曲を聴いてもため息が出ますが、なかでも特に2「バランス・オヴ・ネイチャー」、4「アー・ユー・ゼア」、5「クロース・トゥ・ユー」、6「ユール・ネヴァー・ゲット・トゥ・ヘヴン」、8「ア・ハウス・イズ・ナット・ア・ホーム」、9「ウォーク・オン・バイ」、13「ワット・ザ・ワールド・ニード・ナウ・イズ・ラヴ」あたりは、まさにもう珠玉の宝石と言う以外ないですね。美しすぎる。
また、12曲目「ディス・ガールズ・イン・ラヴ・ウィズ・ユー」の冒頭部では、作者のバカラックみずから参加してピアノとヴォーカルを聴かせてくれているのもうれしいボーナスですね。ロブ・シラクバリのアレンジとプロデュース・ワークも的確にツボだけをしっかり押さえていくという、これ以外のサウンドはないと思える極上のもので、歌手ルーマーの細やかに神経の行き届いたソフトなヴォーカルとあいまって、バカラック・ソング史上最高の一作になったと断言します。
(written 2020. 10.10)