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事前録音オケのすきまに飛び込むのはむずかしいはずだけど 〜 岩佐美咲「初酒」

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岩佐美咲 / 初酒

ヤバいヤバい八月も下旬だというのにまだ岩佐美咲関係の記事が一個もないよ〜。うっかり月が終わってしまうところでした。毎月一個のペースを心がけたい、それがぼくの推し活だと思っていますから、きょうなんとか書いておきましょうね。

美咲の歌の伴奏は、ライヴ現場なんかでも(少数の例外を除き)基本カラオケなんですけど、だから事前に完成済のスタジオ・ヴァージョンと同じ演奏を美咲は聴きながらそれにあわせて歌っています。この事実を踏まえると、この曲のこのパートはちょっとむずかしいんじゃないか、それなのに完璧だと思うものがありますね。

典型例が「初酒」(2015)のエンディング。マイ・モスト・フェイバリット美咲ソングなだけあって、日常的に実に頻繁に聴いているんですが、これの終わりで「二人二人で〜」・「やるかぁ〜」のこの二つのフレーズのあいだストップして空間ができているでしょう。ここ。

「やるかぁ〜」は伴奏がストップして無音のところに飛び込むように歌い出されるんですけど、歌いはじめのタイミングを計るのがちょっとむずかしいだろうと思うんです。これは「初酒」をカラオケ(第一興商DAM)で歌ったことのあるみなさんなら実感されていることのはず。

ずっと同じ定常テンポに乗っているのであればブレイクが入ってもそのままいけるんですけど、「初酒」のそこはいったんビートが止まって全休止になってしまいますからね。伴奏のオケが再開するのにあわせてそれがはじまらないうちから声を出すのは勇気いりますよ〜。タイミングどんぴしゃはむずかしい。

そらあれだおまえ、おまえが素人だからそう思うんだろう、美咲はプロだぞ、もうなんかい「初酒」を現場で歌ってきたと思ってんだ!(なんかいだっけ?わいるどさん)と言われそうですが、こういうのは熟練のプロでもピッタリあわせるのがむずかしいんだというのを、ジョンが歌うビートルズの「ハピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」(『ホワイト・アルバム』)で理解していますね、ぼくは。

あの1968年ごろからのビートルズはマルチ・トラック録音技術の進展にともなって、事前オーヴァーダビングのくりかえしで伴奏を完成させておいてから最終盤でヴォーカルだけ録音するというやりかたをとりはじめていました。「ハピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」もそう。この曲もエンディングで美咲「初酒」同様のテンポが止まる空白があって、そこにジョンの声が飛び込む仕組みになっているんですね。

ジョンは完璧にタイミングをあわせられておらず、事前録音のバンド演奏カラオケとほんのちょっとだけズレちゃっていますからね。やりなおすこともできたはずですがそのまま商品としてリリースしちゃうっていうギクシャクがいかにもあのころの内紛まみれだったビートルズらしさを物語るところ。

こんなパターン 〜 エンディングで伴奏がいったんストップしてテンポのない空白となり、一瞬間をおいてから歌手が歌い出し、あわせて伴奏も再開するという 〜 この手のアレンジは、実はよくあるもので、なかなかドラマティックで感動的に聴こえるものですから、歌の世界では頻用されています。

歌も伴奏もその場での同時ナマ演唱であれば、事前にリハーサルを重ねておいた上で本番では歌手とバンドが呼吸をあわせていけばいいんですけど、事前録音済のカラオケ使用だと、バンドのほうがあわせるということはありえないんですね。だから歌手側が工夫して慣れていくしかないんですよね。その点「初酒」での美咲はいつもパーフェクト。

(written 2022.8.24)

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