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都会の夜に 〜 チェンチェン・ルーの現代R&Bジャズ

(5 min read)

Chien Chien Lu / The Path

チェンチェン・ルーは台湾人若手ジャズ・ヴァイブラフォン奏者。現在は米ニュー・ヨークのブルックリンを拠点にしているみたい。またしてもブルックリンですよ。以前も書いたけど、新世代ジャズ・ヴァイビストってブルックリンに集結しているんじゃないの〜?なにかあるよなあ。

ともかくチェンチェン・ルー。オフィシャル・サイトによれば、台湾の台北国立芸術大学で作曲やパーカッションを学んだのち2015年アメリカに留学、フィラデルフィア芸術大学ジャズ科でヴァイブラフォンを専攻したというキャリアの持ち主。

ぼくがこのヴァイビストを見つけたのはついこないだ八月上旬のことで、デビュー・アルバム『The Path』(2020)のPヴァイン盤CD入荷をディスクユニオンがツイートしていたからです。去年の作品ですが、日本ではまだほとんど知られていないんじゃないですか。Bandcampのページには配信リリースしか載っていないんで、フィジカルは日本盤しかないのかも。

しっかしこの『The Path』がホント最高なんですよねえ。現代ジャズとソウル/レア・グルーヴ/R&Bテイストとの幸福な結婚ともいうべきような内容で、グルーヴィなサウンドがなんともテイスティ。現代ジャズとブラック・ミュージックの交差する地点にしっかり存在する傑作と言えます。

特に1曲目ロイ・エアーズの「ウィ・リヴ・イン・ブルックリン・ベイビー」や続く2「インヴィテイション」、3「ブラインド・フェイス」と、冒頭三曲でのうねるグルーヴはみごと。チェンチェンのアレンジ/作曲能力もヴァイブ演奏能力もきわだっているし、それにリズム・セクションの表現するビート感が現代的で、しかも野太く、黒い。

もうこれら三曲だけでもノック・アウトされちゃいますが、全体の雰囲気に都会の夜のムードが横溢しているのも気持ちいいところですね。洗練されたニュー・ヨーク・ジャズといった感じで、ヴァイブやマリンバの硬質な音色がそんなフィーリングをいっそう高めています。

5曲目「ブロッサム・イン・ア・ストーミー・ナイト」は、台湾民謡「雨夜花」を現代的なソウル・ジャズへとアダプトしたもので、ここでのアレンジや演奏にもほんとうに感心します。チェンチェンの出自たる台湾的要素を感じさせるのはここだけかも。でも冒頭で聴こえる歌のサンプリングだけで、あとは都会のジャズなんですよ。

アルバム中いちばんのお気に入りとなっているのは6曲目の「ブルー・イン・グリーン」。もちろんマイルズ・デイヴィスの『カインド・オヴ・ブルー』からの一曲ですが、こんなにも雰囲気満点でメロウなR&Bジャズに変貌するなんて、もうタメイキしか出ませんね。最高のムード。都会の夜の甘美なムード満点です。

このチェンチェン・ヴァージョンの「ブルー・イン・グリーン」はほんとうに最高の現代R&Bジャズで、あまたあるこの曲のカヴァーのなかでも特に傑出したワン・アンド・オンリーなできばえ。ぼくはもう完全にこれに降参しています。聴き惚れちゃうな〜。溶けてしまいそう。

アルバム後半、8曲目「ジ・イマジナリー・エニミー」も9「ティアーズ・アンド・ラヴ」も、チェンチェンの作曲能力の高さがきわだってみごとだし、ブラック・ミュージックふうにメロウなフィーリングをたたえたサウンドが現代的で、ループ感をともなったビート・メイクともどもコンテンポラリー・ジャズのありかをしっかり示しています。

最終盤のアルバム・タイトル曲「ザ・パス」もチェンチェンの自作曲。幽玄な感じの演奏だなと思っているとそれはプレリュードに過ぎず、2分すぎから雰囲気が変わって、ノリのいいビートも効きはじめ、俄然現代ジャズの容貌をあらわにします。チェンチェンがマリンバで表現するソロは、いまの時代のニュー・ヨークで生きるフィーリングをたっぷり聴かせてくれていますね。

アルバム・ラストはスパイク・リー監督の映画から「モ・ベター・ブルーズ」。チェンチェンのR&Bグルーヴへのパッションを感じさせるつくりになっていて、これも言うことなしですね。

傑作でしょう。年末のベスト10では上位に入ること間違いなしです。

(written 2021.9.2)

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