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超カッコいいヒップ・ホップ・ジャズ・トランペットを夢で聴いたんだけど

(4 min read)

今朝方の夢は楽しかったですねえ。以前から言いますように夢のなかでよく音楽を聴くんですけど、今朝のぼくはどこかのタワーレコード店内にいました。どこかのというか、たぶん渋谷店でしょう、東京時代の職場が渋谷にありましたから、渋谷のタワレコに入りびたっていたんですよね。その店内光景は、なんどか様変わりしているとはいえ、すべてしっかり脳裏に焼き込まれています。

それで、夢のなかでのタワレコ店内で、なにかものすごくカッコいい、超クールなヒップ・ホップ・ジャズを聴いたんですよ。そのヒップ・ホップ・ジャズではトランペットがフィーチャーされていて吹きまくり。ヒップ・ホップ・ビートを叩き出しながら細かく&猛烈にドライヴするドラミングに乗って、本当にカッコよすぎるジャズ・トランペットのサウンドが店内に鳴り響いていたんですね。

あまりのカッコよさにびっくりしちゃったぼくは、東京時代にレコ屋でいつもそうしていたように、いまなにをかけているか Now Playing の掲示をレジ横に確認しにいきました。そうしたらジャケットも壮絶にクールだったんです。残念ながらというか当然というべきか、そのトランペットをフィーチャーしたヒップ・ホップ・ジャズがだれのなんというアルバムなのかは、夢のなかに消えてしまっていまは憶えていません。

でもたぶんなにか架空の作品だったんじゃないですかね、夢なんですから。それにしてはサウンドの残像があまりにも鮮明に耳裏に焼き付いていていまでも離れませんが、おもしろいのはいままでぼくはヒップ・ホップ・ジャズがトランペットをフィーチャーしているという音楽を聴いたことがなかったんですよね、起きているあいだには。だからどうしてあんな音楽が夢のなかで鳴ったのか、理解できません。

でもこれかな?と思える一個のきっかけはあったんです。それは昨夜寝る前の数時間ずっとシオ・クローカーを聴いていたことです。シオ・クローカー(Theo Croker)、ネットで検索すると「セオ・クロッカー」表記が多く見つかりますが、まだまだこれからの音楽家なんで、いまのうちに表記を正しておいてほしいです。Theo は Theodore で、カナ書きではシオドアですよ。

シオ・クローカーは、かのドク・チーサムを祖父に持つ、1985年生まれのこれまたジャズ・トランペッター。でも昨夜までまったくその存在を知りませんでした。友人が Instagram のストーリーにシオのアルバム『アフロフィジシスト』(2014)のジャケットを上げて紹介してくれていて、それを見てはじめて興味を持って、ちょっとどんなもんか?と Spotify で聴いてみたわけです。まきちゃん、ありがと〜。

試聴だけするつもりで聴きはじめたのに、シオの、ヒップ・ホップ、ファンク、ソウル、アフロ、ラテン、そしてジャズといったさまざまなジャンルを軽々と越境するボーダーレス・ミュージックに、ぼくはすっかり惚れてしまい聴きびたりました。いやあ、カッコいいんんですよね。カマシ・ワシントンにも通じるような、スピリチュアルで内省的な色彩も濃いです。

でもなんたってビートですね。ビートがカッコよすぎるんです。すっかり大好きになっちゃったので、シオのアルバムを昨夜のうちにぜんぶ聴いちゃったんですよ、立て続けに五時間ほどで。なかには2009年の『イン・ザ・トラディション』みたいに古いスタンダードをストレートにやっているという、なんでこんな作品があるの?と思えるものも混じっていますが、それ以外はカッコいい2020年型コンテンポラリー・ジャズですね。

コンピューターではなく人力演奏でヒップ・ホップ・ビートを奏でるリズム・セクションに乗せ、シオはきわめてノリのいい、しかし折り目正しくマジメでカッチリしたトランペット演奏を繰りひろげます。ブラック・アメリカンとしての自己を見つめ音楽的に再構築したみたいなシオのヒップ・ホップ・ジャズ・トランペット、いやあ、カッコいい!マジで、カッコいい!

そんなシオ・クローカーを寝るまでずっと聴いていたおかげで、今朝方の夢のなかでのタワレコ店内でそんな音楽が登場してくれたんでしょう。夢のなかでのその音楽はもちろん架空のもの、イマジナリーなものだったかもしれませんが、ぼくのなかにしっかりとしたひとつのきっかけを構築したと言えるんじゃないでしょうか。

(written 2020.7.10)

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