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スコットランド独立にまつわる誤解を紐解く

来月(2021年5月)にスコットランドは議会選挙を迎えます。昨年から世論調査では独立支持が過半数を超えてきていることもあり、この人口550万人の小国の政治情勢が世界的な注目を集めています。独立支持派のスコットランド国民党(Scottish National Party = SNP)は2023年までの独立を巡る住民投票の開催を公約にしており、SNPが過半数を確保するかどうかが最大の焦点になっています。

一方で、スコットランド独立を考える際に、残念ながら日本語のメディアではよく誤解が目につくのも事実です。ここではその誤解について考察をし、理解の手助けになるよう簡潔に解説をしていきたいと思います。

「スコットランドとイングランドの歴史的対立」?

スコットランド独立を巡る日本語の報道、解説で「スコットランドとイングランドの歴史的対立」「反イングランド感情」という説明をよくみかけます。いわく、スコットランドとイングランドは歴史的な理由からお互いを敵対視しており、スコットランド人はイングランド人が嫌いで、それが独立支持の原因となっている、というものです。

単刀直入に言うとこれは決めつけ、思い込みに近く、何も取材やリサーチをしないで書くとこういう結論になるという典型だと言っていいと思います。

独立運動が志向するのは反イングランドというよりは、反ウェストミンスター政治(ウェストミンスターとはイギリスの議会があるロンドンの街区の名前で、日本でいう永田町のようなものです)、といった見方がより的確かと思います。反イングランド感情に基づいて独立支持をする人たちがいないわけではありませんが、少数派にとどまります。

実はスコットランド独立はスコットランド在住のイングランド人にも支持者が見られ、”English Scots for YES”というグループも存在するなど、スコットランド対イングランドの観点では理解することは難しいでしょう。またこの観点では、最近の独立支持の増加を説明できません。

「民族精神の覚醒」「民族アイデンティティの高揚」?

次に「民族精神の覚醒」や「民族的アイデンティティの高揚」という解説もよく見受けますが、スコットランド独立運動は民族主義的要素はほぼ皆無と言ってよいかと思います。

なぜかというと、民族としてのスコットランド人はすでに存在し、民族的アイデンティティは確立しているからです。スコットランドはかつては王国でしたが、1707年にイングランドと連合王国を形成し、そのあとも連合王国の枠内で様々な民族的独自性を維持してきました。結果としてスコットランドは国旗も国歌もスポーツチームも民族衣装も歴史も文化も宗教も自意識もあり、民族精神やアイデンティティをどうこうする必要はないわけです。

現実にもスコットランド人のアイデンティティは多くの場合政治と切り離されており、例えばウィスキー好きでキルトを着てスコットランドラグビーに熱狂する人が独立反対、ということも珍しくありません。

これはキルトを着て国旗をボディペインティングしたスコットランドラグビーのファンたちですが、これだけでは彼らが独立支持か反対かはわからないのです。

このキルトを着ている人は保守党の閣僚、ジョンソン政権のキープレイヤーのマイケル・ゴーヴです。彼はアバディーン生まれのスコットランド人ですが、独立絶対反対の彼にとってもこうしてスコットランド人としてのアイデンティティを文化的に示すことは問題はないわけです。その反対に、スコットランドの伝統とか文化に興味はないしキルトも着ないけど独立は賛成、という人も多くいます。スコットランド人としてのアイデンティティと政治的な態度が必ずしも結びついているわけではないのです。

スコットランド独立を民族運動やアイデンティティと結びつけることの問題点は独立支持の変化とスコットランド人の自意識――自分をスコットランド人とみなすか、イギリス人とみなすか――に整合性がないことです。このグラフはスコットランド人の自意識について世論調査ですが、これを見ても、2018年あたりまでは特に変化もなく、自らをスコットランド人(Scottish not British)とみなす人の割合の変化と、独立支持を結びつけることはいささか難しいかと思われます。

グラフの右端を見ると変化が出て、最近は自らをスコットランド人とみなす人の割合が増え、また自らをイギリス人とみなす人(British not Scottish)の割合も増えています。また一方で「イギリス人でもあるけどどちらかというとスコットランド人(More Scottish than British)」という人の割合が減ってきています。この点については非常に興味深いので別の場所で触れたいと思います。

「北海油田の利権」?

最後に北海油田に関してですが、2014年以降、原油価格の低下でスコットランドの税収は低下し、財政は悪化していますが、それでも独立支持は増えてきています。独立派は、北海油田なしでもスコットランドの経済は健全なレベルにあり、北海油田はあくまでもボーナス、というスタンスでいます。また近年の脱炭素と再エネの発展で政治的重要性は低下しつつあり、北海油田があるからこその独立、という理解はしがたいと思います。

まとめると、スコットランド独立は、「スコットランドとイングランドの歴史的対立」や「反イングランド感情」、「民族精神の覚醒」や「民族アイデンティティの高揚」、「北海油田の利権」とはあまり直接関係がないということです。この辺りを念頭に置いて報道や解説を読むと、理解の助けになるのではないかと思います。

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