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コピペ問題と著作権 正確な「引用」を

連載『コピーライトラウンジ』 (第11回2015年9月)
月刊「パテント」(日本弁理士会)から転載(全14回)

正直言って、学生の答案や課題レポートを採点することは苦行です。

まれに「お、この学生、良いこと言ってる。このアイデア、使える」ということもありますが、たいていの場合、「誤字脱字」「主語と述語がねじれた複雑な文章」「あり得ない論理展開」と格闘しながら、点数をつけることになります。

何回読んでも頭に入ってこないことも珍しくありません。

答案を風で飛ばし、遠くに行った紙から低い点を付けるという伝説の「扇風機採点法」を思い出します。

「実は合理的なんだよ」と私の学部時代に、ある教授が言っていました。「たくさん書かれた答案は(重いから)遠くに飛ばないから」というわけです。一度やってみたい衝動に駆られます。

ところで、インターネット時代の教員には新たな課題があります。それはコピペ対策です。


◆コピペを見破るソフト

昨年、世間を騒がせた「捏造の科学者」問題がありました。以来、大学では教員が集まれば、レポートや論文のコピペが話題になります。

|コピペとは、自分の原稿に他人の文章や図表データなどをコピー・アンド・ペーストする(コピーして貼り付ける)ことです。正しく行わないと論文の盗用、剽窃とされ、論文が取り消される事態に発展します。

「コピペ」という言葉は最近のものですが、私が学生だったころにも、先達の文章をまるで自己のものであるかのようにレポートで披瀝する手口は割と普通にありました。

しかしネット時代の今、コピペの様相が違っています。簡単な検索で、自分が欲しい文章や図表などを発見できる上、そのまま貼り付けることが実に簡単にできるようなりました。

残念ながら、100人や200人もの大人数の学生が履修する授業で、レポートを課す際、「学生はコピペする」という性悪説に立って、採点に臨んだほうが良いかもしれません。

最近では、コピペ答案を見破る便利なソフトを導入している大学もあります。このソフトにかけると、ネット上で類似する先行作品を探し出して提示してくれます。

◆著作権の問題か?

さて、論文やレポートのコピペ問題が、著作権侵害として、つまり著作権の問題として、議論されるのを耳にしますが、「学術論文のコピペは必ずしも著作権の問題ではない」ことに注意する必要があります。

論文をパーツに分けると、「文章」「データ」「数式」「図表」「グラフ」「写真」「イラスト」などで構成されます。このうち、著作権の問題となるのは何でしょうか。

コピー元の部分が「著作物」であれば、著作権(複製権)の問題になるかもしれません。著作物とは「思想または感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術または音楽の範囲に属するもの」(著作権法第2条1項)です。

これで行くと、論文の世界で最も重要な「実験データ」は、著作物ではありません。データを得るための抽出方法や実験のやり方には創意工夫が必要でしょうが、実験結果そのものは単なる事実です。

「東京の気温は37度に達した」「水の沸点は摂氏100度である」と同じく、データは著作物ではありませんから、コピペは自由にできます。

しかし、データの意義を明快に表現するためのグラフや図表、イラスト、実験プロセスや実験手順などを示したイラスト、図、写真などは、著作権法が言う「著作物」に該当する場合が多く、他人が著作者に無断でコピーする場合、著作権侵害になるかもしれません。

一般的に自分自身が過去に作成した図、イラスト、グラフ、写真を自分の別の論文にそうっと持って来ても著作権法上は問題になりません。

しかし、学術論文の世界ではこれを禁じます。自分の過去の論文の内容を新しい論文で使う場合でも、出典を明示しなければなりません。そ知らぬ顔をして、過去のものを「使い回し」することはご法度というわけです。

まして、同じ内容の論文を複数の学会や出版社から出す「二重投稿」は厳に慎まなければなりません。自分の業績を水増しようとする悪しき行為のように見えます。

◆「正しいコピペ」のすすめ

実は、独創性や新規性を尊ぶ学術世界では「正しいコピペ」を推奨しています。つまり「引用」です。先行研究を示すことで「このように私の研究は独創的である」と主張できるというわけです。

論文の半分以上が「引用で占められている」ということは質の高い論文の証である場合だってあるのです。

引用という「正しいコピペ」には厳格なルールがあります。引用する部分をカギ括弧でくくるなど、自分の著作物と他人の著作物を明確に区別しなければなりません。また、句読点をふくむ一字一句を正確にコピーする必要があります。

引用は著作者に断る必要がありません。著名な学者の論文は何千、何万という研究者が引用します。いちいち問い合わせが行ったら、どうなるでしょうか。

「無断引用」という言葉は、間違った法律用語であることを明言しておきます。ルールを守っている限り、引用は無断で良いのです。

さて、コピペを発見するソフトですが、「正確な引用」しているかどうかが見破れるならば、論文の質の向上にも使えることに気付きます。正しいコピペ作法を学ぶ道具になるかもしれません。
(了)

東京理科大学大学院イノベーション研究科教授。日本音楽著作権協会(JASRAC)理事。元ハーバード大学客員ジャーナリスト(NiemanFellow)。共同通信社記者・デスク、横浜国立大学教授を経て2012年から現職。著書に『知的財産と創造性』(みすず書房)など。

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