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自分の権利と相手の権利 コピーされることで世界に広まる


連載『コピーライトラウンジ』(第14=最終回 2015年12月)
月刊「パテント」(日本弁理士会)から転載(全14回)

仮に車いすに父を乗せて、小さな道路を渡るとします。付近に信号が無く、車や自転車の往来が途切れません。立ちすくみ、心の中でつぶやきます。

「そのクルマ、ちょっと待ってくれたら渡れるのに。車いすが見えないかな」「え、このタイミングで自転車が前から来た」「あ、ベビーカーだ。こっちを優先してくれないかな」

別の日、私は同じ場所で車を運転しています。大人や子供、自転車の人、ショッピングカートの人がそれぞれ勝手に動いています。

フロントガラスのこちら側で「おいおい、ここは車道だぞ」「歩行者は邪魔」「ルールを知らないのか」とつぶやいているではありませんか。

同じ道にいても、運転する人、自転車の人、車いすやカートを押す人、それぞれが異なった風景を見ていると言えそうです。状況次第では、それぞれが他を邪魔だと思ってしまい、自分にこそ優先権があると主張したくなるのですね。


◆創作と模倣

著作権をめぐる議論も似ているかもしれません。基本的に、作品(著作物)をはさんで、著作者あるいは著作権者であるクリエーターと鑑賞者のユーザーは対立します。双方とも自分を基準にして主張します。

「もっと保護してほしい」「もっと自由に使えるようにしてほしい」「不正使用を黙認するな」「ルールを杓子定規に適用しないで」

しかし、物事はそう単純でありません。パソコン、デジカメ、スマートフォンなどデジタル機器の爆発的な普及によって、これまで情報の受け手に留まっていた人が、フェイスブックやツイッターで写真やテキストを発信することで権利者の地位に就くからです。

つまり、クリエーターがユーザーになり、その逆が普通におこる。

弁理士や審査官などプロ集団で構成される特許の世界と違って、著作権に関わるのは、プロの作家や音楽家、フォトグラファーだけでなく、ありとあらゆるアマチュアであるため、ことがややこしくなりがちです。信号のない小さな道路を渡るようなものです。

このように、コンテンツ(作品)を巡って、クリエーターとユーザーが本来、対立する関係にあることが分かります。

しかし、そもそも著作権の考え方に問題はないでしょうか。例えば、創作性。

著作権は表現における創作性を重視しますが、「創作」と「模倣」について考えてみると、新たな切り口が見えてきそうです。

◆「遣唐使」は国家的コピー使節?

少し著作権の話からそれますが、そもそも「創作」とは、何もないゼロの状態から作ることを意味するのでしょうか。

私たち一人ひとりの中には、幼いころに知った言葉、親や先生に教わったフレーズが心の財産として受け継がれています。

母親が繰り返し歌った子守歌とも言えないような鼻歌は私たちの音楽体験の基盤を作っているかもしれません。子供のころに驚きを持って見た映像や写真は意識の底で原体験になっていそうです。

このような体験は、後に「自分が作った」作品に反映されるのではないでしょうか。「自作」とは、本当に100%自分の創作でしょうか。意識しようとしまいと、先行作品の影が「自作」に落ちることは普通だと私は思います。

小説や脚本なら、既存の事件や物語、誰かに聞いた言い回しの巧妙な組み合わせで、できているかもしれません。

作曲家や画家も過去の作品を下敷きにします。昔から「芸術は模倣から始まる」と言います。

文化や文明レベルでも同じです。遣隋使や遣唐使は国家的コピー使節だったし、明治維新では欧米の制度や法律、教育システム、交通・通信のあり方をせっせとコピーしました。

◆コピーされてこそ

このように考えると、一般論として複製や模倣を否定することはなかなか難しそうです。私たちは例外なくコピーを通して育ちます。「土星の輪」や「ピラミッド」「エッフェル塔」「文楽の人形」を、ほとんどの人はまず、写真やイラストなど複製(コピー)されたもので知ります。

レオナルドの「モナリザ」もベートーヴェンの交響曲も同じです。芸術作品が世界中で広まるのは、複製や模倣、抜粋のおかげではありませんか。

価値の高いもの、珍しいものこそが、コピーされ、時には改変されて私たちに届くとも言えそうです。保護が強いと、せっかくの作品が流通しないまま埋もれるかもしれません。

確かに、自分の作品に敬意や尊敬を示してもらえないまま、他人に無断でコピーされれば、誰だって腹が立ちます。

また、コピーされることで「得べかりし利益」を逃すかもしれません。

けれども、文化の発展や豊かな社会という観点からすれば、作品をいかに流通させるかを考えることも重要です。

自分の権利だけでなく相手の権利やニーズへの配慮も必要です。信号のない道路を渡ろうとする時に見える風景を思い出します。

環太平洋連携協定(TPP)交渉で、現在50年の著作権保護期間を70年とする合意ができました。たとえ協定が発効しても、著作物の流通が阻害されないような仕組みが欲しいところです。
(了)
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今号で「コピーライトラウンジ」はおしまいです。おつきあいいただき、ありがとうございます。全12回のお約束で始めたところ、おもしろがってくださる読者に励まされ、おまけの機会を2回頂きました。当ラウンジでまた、皆さまにお目にかかる日を楽しみにしています。


東京理科大学大学院イノベーション研究科教授。日本音楽著作権協会(JASRAC)理事。元ハーバード大学客員ジャーナリスト(NiemanFellow)。共同通信社記者・デスク、横浜国立大学教授を経て2012年から現職。著書に『知的財産と創造性』(みすず書房)など。


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