何かに挑戦するときの心理的ハードルを下げる方法
10記事目を投稿したしました。いつもご覧いただきありがとうございます。
さて、10記事目に突入しわかったことがあります。
私には文章を書く才能がないかもしれない!
初めて投稿した記事
文章を書くこと自体に抵抗はない。学生の頃から日記を書いている。なので多少は自身があった。文章は書き慣れているので、まあうまく書けるだろうと考えていた。
だが日記の文章なんて誰にも見せない前提で書く。自分が後から読んでわかればいいので、文法や、他者が読んでも話が伝わるかどうか、まして内容が面白いかなんて気にしない。
初めて完成させた記事は、自分の中の面白い文章の基準を越えられなかった。こんなクオリティの文章を投稿することなんてできない。そう考えたが、やはり投稿するために書いたので、投稿することにした。
スキをもらった。
超うれしかった。Gmailに通知が来て、○○さんがスキしました!って。ええ!!そんな!いいの!?あなたのスキをもらってしまっていいの!?もったいないんじゃない!?
そのとき、これでいいのかもしれないなと思った。
プライド=ハードル
何かに挑戦するときの心理的ハードルを下げる方法、それは、悠然とハードルの下をくぐりぬけることだ。
初めての記事を投稿したとき、私はハードルの下をくぐった。次に見えたものは、壁ではなく、別のハードルだった。それに、さっきくぐってきたハードルよりも低くなっていた。
何かに挑戦するときの心理的ハードルとは、自分のプライドだった。最初からうまくやらないといけないとか、つまらない文章を書いてはいけないとか、自分に高すぎるハードルを課していた。明らかに飛べる高さではないハードルを前にして、茫然としていた。
Noteに自分の書いた文章を投稿し始めてから、少しずつハードルが下がって、自分の文章を見られることに抵抗が少なくなってきた。感覚がマヒしてきたのかもしれない。たとえ自分の書いた文章にスキが一つもつかなかったとしても、それは恥ずかしいことではないのだ。
問題の棚上げ力
私は問題を棚上げしたともいえる。私はハードルを越えることはできなかったが、それでも前に進んだ。もし最初の記事でハードルを越えることにこだわっていたなら、私は今でも最初の記事を推敲しているだろう。
ハードルを越えられないと思ったら、くぐりぬけてとりあえず先に進んでしまって構わないと思う。棚上げも、悪いことばかりではない。進んでいれば、今まで超えられなかったハードルを越える日が来るだろう。
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