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晴耕雨読なんてありえない。農家をかき乱す気まぐれな「雨」

植物工場やビニールハウスを主体としていない農業にとって、「雨」は重要なテーマです。降りすぎても困るし、降らなくても困る、なかなかに厄介な要素。そんな雨について、久松農園代表の久松達央さんに話を聞きました。聞き手・書き手は久松農園サポーターの子安大輔です。

2週間先まで予測する

ー久松さんのフェイスブックを見ていると、気温や雨など「天気」に関する投稿が数多く登場します。言うまでもなく、農業にとって天気は極めて重要ですが、その中で特に気にかけている要素は何ですか?

久松:一番気にしているのは雨ですね。雨だけを見ているわけではないですが、一日に10回くらいは天気予報をチェックしています天気予報に関するサイトを30個近くブックマークしていて、随時それらを見ています。

ー30個もですか?どのように使い分けているのでしょう?

久松:作業計画をつくるためには、かなり先の情報も必要ですから、そのためには気象庁が出している2週間予報をチェックします。あるいは、台風については実は米軍が発表している情報が参考になるので、そちらも見るようにしています。もちろん先のことだけではなく、今日の天気がどうなるかも重要です。これから雨が降るかどうかによって、その日の作業を組み替える必要もあるので、雨雲の状況もまめにチェックします。

ー天気をチェックするのは久松さんの役割ですか?

久松:いえいえ。うちでは作業をする全員が天気をチェックしていて、若いスタッフも「午後から降るんじゃないですか?」なんて声をかけてきます。雨の状況、そしてそれに伴う作業の段取りを読み間違うと、悲惨なことになります。そのあたりの判断は、僕ではなく現場の責任者である農場長が行います。

ー野菜の生育と雨の関係について、色々とうかがっていきたいと思います。

久松:前提として、植物にとっては「過不足なく水分がある」という状態が理想です。鉢だと植物を育てやすいのは、下の穴から余計な水分が抜けて、足りなくなった分だけ新たに水を与えればいいからです。同じことを畑でもできるのがベストですが、それができるのは露地ではなく、ビニールハウスです。雨を入れずに、人為的に水をやれるわけですから。中でも、土を使わない「隔離培地」という方法が、水のコントロールに優れています。地面より高いところに台をつくる「高設栽培」という方法で、土の代わりにロックウールやヤシガラの培地を使うんです。これだと水分を完全にコントロールできます。イチゴとかトマトではそういう栽培方法がよくありますね。

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↑イチゴの高設栽培

ーでもそれだけだと面積の限界もありますし、かかる費用も大変なことになりますね。

久松:その通りです。そうなると、選択肢としては「土の上にビニールハウス」とか「露地」ということになりますが、水分コントロールという観点では、それらはセカンドベスト、サードベストでしかないわけです。理論上、植物にとって24時間365日の理想の水分条件は計算可能です。けれども、降雨をコントロールできない露地ではそれを維持し続けることは物理的に不可能です。ビニールハウスでは物理的には可能ですが、人が張り付いていることはできないので、これも現実的ではありません。

農園の周囲は雨が少ないマイクロクライメイト

ー日本を見渡すと、地域によって雨量もかなり異なります。久松農園のある茨城県南部はどうでしょうか?

久松:農園がある土浦市自体が北関東エリアの中で雨が少ない地域です。さらに、土浦市の中でもうちの畑が位置している地区は極端に雨が少なくて、市の平均を100ミリくらい下回ります。より細かな範囲で天気を捉える「微細気候(マイクロクライメイト)」という言葉がありますが、そうやって見ると、畑のある地区は関東地方でも下から数えて何番目というくらい降水量が少ないですね。隣の集落には「雨乞い」をモチーフにした祭りがありますが、雨乞いをしないといけないくらい雨が降らない地域ということです。

ーそんなに雨が少ない地域だとは知りませんでした。

久松:茨城県は年間降水量が1200ミリくらいですが、雨の多い宮崎県とか高知県は茨城の2倍以上は降るんじゃないですかね。

【都道府県別 降水量ランキング】
※気象庁の2014年データより。単位はミリ。
※県庁所在地のデータなので、各都道府県の平均値ではない。
1位:宮崎県:3168
2位:高知県:3093
3位:石川県:2766
4位:富山県:2751
5位:福井県:2632
6位:沖縄県:2470
7位:静岡県:2442
8位:鹿児島県:2397
9位:鳥取県:2184
10位:岐阜県:2087
11位:兵庫県:2038
12位:秋田県:2017
13位:島根県:1977
14位:和歌山県:1951
14位:熊本県:1951
16位:山口県:1940
17位:広島県:1879
18位:佐賀県:1877
19位:滋賀県:1863
20位:長崎県:1821
21位:愛媛県:1797
22位:新潟県:1796
23位:京都府:1770
24位:徳島県:1760
25位:三重県:1720
26位:愛知県:1696
27位:大分県:1663
28位:大阪府:1652
29位:奈良県:1647
30位:福岡県:1617
31位:香川県:1575
32位:神奈川県:1574
33位:青森県:1553
34位:東京都:1446
35位:岡山県:1410
36位:岩手県:1322
37位:茨城県:1283
38位:北海道:1282
39位:千葉県:1261
40位:栃木県:1257
41位:山梨県:1154
42位:山形県:1124
43位:宮城県:1082
44位:埼玉県:1056
45位:群馬県:1047
46位:長野県:886
47位:福島県:828

ー西日本のほうが雨は多いんですね。

久松:東日本と西日本とでは、まず降雨パターンが異なります。東日本の場合、実は梅雨の時期よりも「秋の長雨」のシーズンの方がたくさん雨が降るんです。一方で、西日本は台風被害のイメージがあるから秋の降水量が多いと思うかもしれませんが、実際には梅雨の方がたくさん降ります。そして西日本はトータルの雨量が多いので、雨を嫌う露地野菜は土質によっては不向き、というわけです。

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ウェザーニュースより

ナスは大量に水を食う

ー野菜によって求める水分量が違いますよね。具体的には、どの野菜が水分を多く求めるのでしょうか?

久松:里芋は水がたくさん必要です。タロイモって高温多湿な地域で食べられているイメージがあると思いますが、まさにそういうことですね。それから水が必要な夏野菜と言えば、ナスが代表格です。大阪の泉州地方に「水ナス」というものがありますが、水ナスは畝間を常にビタビタにしておいて、長靴を履いて収穫するというくらい、水はあるだけあった方がいい作物です。梅雨が長いと、農業にとっては厳しいことも多いですが、そういう年でもナスは豊作ですね。

ーナスがそんなに水を必要としているとは知りませんでした。

久松:サステナビリティに関する論点として、最近では「ウォーターフットプリント」と言って、その製品を生産する過程においてどれくらい水を使用したかが注目されることがあります。その観点で見れば、ナスは無駄とも言えるくらい水を必要とする効率の悪い作物ですね。栄養もないですし(笑)。

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↑久松農園で栽培しているナス

ー反対に、水をあまり求めない野菜には何がありますか?

久松:ナスと同じナス科の夏野菜でも、トマトはあまり水が要りません。というのも、ナスの原産地は高温多湿なインドですが、トマトは雨の少ない南米アンデス地方が原産です。それから同じくアンデス原産のジャガイモにとっても、雨はマイナスに働くことが多いです。日本でジャガイモの一大産地と言えば北海道です。もちろん面積による生産効率の問題もありますが、梅雨がない北海道はジャガイモ栽培に向いているんです。

ー同じ「イモ」でも、里芋は雨が好きなのに、ジャガイモは逆なんですね。

久松:うちでもジャガイモはつくっていますが、関東以西でジャガイモを掘るのは梅雨時なんです。ジャガイモは収穫してから貯蔵することが多いですが、収穫のタイミングに雨が降っていたかどうかは、その後の保存性に大きな影響を与えます。雨が降って地面が湿っているときに掘ってしまうと、ジャガイモの日持ちが悪くなってしまい、それは収入悪化に直結します。なので、梅雨の合間の雨が降っていない時期を見計らって、機械を使って一気に掘り切ってしまう必要があるんです。一方、北海道の収穫期は9月です。高温多湿に向かう時期に掘り上げる関東以西と、低温乾燥に向かう北海道とで、どちらが締まった良い芋がつくりやすいかは明らかですよね。

ー天候の見極めは、農業経営にとって切実な問題なんですね。

久松:うちみたいに、多品目の野菜を栽培するということは、水分に関する要求特性が異なるものを同時に扱うということです。ナスの収量が上がる雨の多い年は、隣の畑のピーマンにとっては最適とは言えません。まして、水をあまり求めないトマトにとっては、さらに良くない状況なわけです。露地を中心に多品目栽培をするということは、最初からそうした矛盾を内包しているということなんですよね。天候に関して言えば、多品目ではなく、その地域の気候にあった作物を専業で栽培するというのは、とても理にかなったことと言えます。

野菜の病気の8割はカビ

ー久松農園では「水やり」とどう向き合っているんでしょうか?

久松:自分の家を建てるときに、生活用に井戸を掘ったんです。家の周りにある畑に関しては、その井戸の水を使うことができています。「点滴チューブ」と言いますが、チューブに穴が開いていて、タイマーをセットすることで、そこからチョロチョロと一日に何度か水やりをできるようになっています。肥料が流れ出る量が少なく、地面の温度に変化を与えず、少量の水で無駄なく水やりが出来るという優れた道具です。このシステムを使える家の周りの畑に関しては、水のコントロールは可能ですね。

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↑点滴チューブ(ゼロアグリのサイトより)

ー久松農園の畑全体に占める、水分コントロール可能な面積の比率はどの程度ですか?

久松:全体の1割もないですね。井戸水の話をしましたが、それはあくまで生活用に掘ったものを、ついでに活用しているだけです。畑の灌漑だけを目的として井戸を掘ってしまうと、うちのやり方では採算がまったく合いません。

ー逆に言えば、残りの9割は「雨次第」ということですね。

久松:そうです。僕らは「土をどれくれいの粒度まで細かく砕くか」とか「種を土の何ミリの深さにまくか」とか、そういう細かい点までかなり気をつかっています。でも、植物の成長にとって最大と言っても良い「水分」が一番の不確定要素というのは、何とも皮肉な話ではありますね。

ー雨乞いをしていた昔の頃から、その点においては変わっていないわけですね。

久松:例えば、うちの農園にとって、ニンジンは年間を通して重要な作物です。種をまいてから芽が出るまでには1週間から10日くらいかかるんですが、その間に雨が降ってくれないと困ります。ただ、その種をまく時期というのが、実は梅雨明けからお盆前の一番雨のないときなんです。農業を始めて10年くらいして、「あれ?ひょっとしてこのエリアはニンジン栽培に向いてないのでは?」って気づいてしまったんですよね(苦笑)。

ー雨が多くても少なくとも、農業にとっては困りますね。どっちかと言ったら、どっちの方がイヤなんでしょうか?

久松:うーん、それはどっちもイヤです(苦笑)。ただ、梅雨の時期に限って言うならば、雨が多すぎる方が困りますね。それならば、まだ空梅雨のほうがましです。と言うのも、野菜の病気の8割は「カビ」なんです。カビは高温多湿を好みますから、梅雨のような時期のある日本はカビとの戦いになってしまうことも多いわけです。

ーそうか、農業にとってはカビが天敵なんですね。

久松:日本のように土地が狭いと、作物の株と株の間をあまり空けられません。そうすると空気が滞って蒸れてしまい、カビの原因になってしまうんです。農薬を使わない僕らはそれを防ぐために、手作業で葉っぱをまめに間引かないといけません。放っておくと病気になるって、植物の生理としてそれは正しいのか?という問題ですよね(笑)。植えておいたら勝手に大きくなって作物ができると思ったら大間違いです。

難しいからこそ、考える余地がある

ー最初の方で、雨の日は作業を組み替えるというような話がありましたが、雨の日にできることは何でしょうか。

久松:雨の日にできることで一番わかりやすいのは、ビニールハウス内での作業ですね。雨が降りそうなときに備えて、そうした仕事は残しておきます。あとは機械で行う「草刈り」も、カッパを着てやれば可能です。ちなみに、小さい草を手で引っこ抜く「草取り」は雨の日にはできません。草取りでは、抜いた草をほったらかして干からびさせるのですが、雨の日にはそれでは枯れないので意味がないんです。まあ、いずれにしても雨の日にできるのはあくまで補助的な仕事に限定されますね。

ー逆に雨の日にできない作業はなんですか?

久松:不可能なのは「種まき」ですね。それから野菜の収穫については、できなくはありませんが、作業効率も悪いですし、何より収穫した作物が傷みやすくなるのが難点です。例えばレタスは雨の中で苦労して収穫しても、そのあとに温度と湿度で蒸れてしまって、とろけたようになってしまいがちです。そうすると、お客さんからのクレームも増えるわけで、じゃあ何のために頑張って収穫したんだ、という話になってしまいます。

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↑雨の中でもできることはやる

ー聞けば聞くほど、雨は降っても降らなくても大変ですね。

久松:雨の日は補助的な仕事と言いましたが、それでもやるべきことはたくさんありますし、考えなければならいことも多いです。農家の間では「俺たちに『晴耕雨読』なんてありえない」と、冗談でよく話をしますよ。

ー天気には逆らえませんもんね。

久松:ええ。天気自体は自分ではコントロールできません。でも状況を予測して、先手を打ったり、対応したりすることはできるんです。ジャガイモの収穫だって、雨の降らないワンチャンスを狙って、それに向けて万全の段取りを組むわけです。

ー経験を積んだからこそ、そういう対応ができるようになったんでしょうね。

久松:そうですね。雨はいつ降るかわからないというところに面白さがあります。難しいからこそ、考える余地があるし、知性の発揮のしがいがあります。うまく乗り越えられたら、やはりそこには喜びがあります。そういう奥深さに自分自身が取りつかれていると思います。

ーそんなふうに考えられるのはすごいことですね。

久松:と言いつつ、普段は天気について悪態ばかりついてますけどね(笑)。

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