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童話 5歳の貝がら

たぶん、赤ちゃんのときから、夏休みと冬休みはママの故郷の島へ家族で帰っていた。
だから、島の子どもたちともいっしょに大きくなったようなものだった。
咲智(さち)は、島の幼馴染のひとり、タニオカに言われたことで無性に腹をたてていた。
5歳のとき、咲智はタニオカと将来結婚すると約束したそうだ。
5歳のときのことなんて、覚えてないわよ。だって、子どもじゃない!
と、いってもまだ9歳なのではあったが。
タニオカなんて、頭は悪いし、運動神経も鈍いし、いいとこないじゃない。結婚なんて、とんでもないわよ。
咲智はそんな話を持ち出してきた、タニオカのほおを思いきりぶった。
そして、走って帰ってきた。
咲智はいま、おばあちゃんの家にいる。ママと妹の菜智(なち)といっしょに。
パパはお正月休みにならないと来られない。もう、すぐだけど。
家に入ろうとすると、妹の菜智が
「おねえちゃん」
と言って、にこにこと歩いてくる。
菜智はまだ5歳だ。
「菜智、どこへ行ってたの?海へいっちゃだめなのよ。ひとりで行くとあぶないんだから」
「ごめんなしゃい。海にいったの」
菜智は泣きそうな顔をする。
「だめよ。もうしないでね」
「うん。あのね」
菜智は大事に持ったハンカチのなかから、貝がらを見せてくれた。
「わあ、きれいだね。いっぱい拾ったのね」
「うん」
「あっちの水道で砂を流すといいよ」
おばあちゃんの家の外の水道で菜智が貝がらを洗うのを、咲智は手伝った。
「おねえちゃん、これ」
たくさんの貝がらのなかから、大きくてきれいな白い貝がらを菜智が差し出す。
「え?これ?」
「おねえちゃんに、あげる」
「いいの?これがいちばんきれいだよ?」
「あげるの」
菜智はにこにこしながら、家へ入って行った。
咲智はてのひらにもらった貝がらを載せて、じっと見ていた。
5歳って、こんなに人のこと考えたりできるんだ・・・
5歳のわたしには、タニオカのいいところが見えていたのかもしれない。
ぶって、悪かった。
咲智は、明日、なんて謝ろうかと考えた。
素直にきれいな貝がらをくれる、菜智のほうが、コミュニケーションは上手な気がした。

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