夏の下り坂

 夏特有の青々とした空が広がる中、横須賀総監部はヴェルニー公園を歩いていた。見渡す端には、自衛隊の横須賀基地と米軍の横須賀基地が見て取れる。
 あの日とは程遠い光景ではあったが、あの日のように暑い日だ。
 こんな日には、陽炎のような熱の揺らめきの合間に横須賀総監部は彼の姿をよく見る。茫然と立ち尽くすような、悲しみに明け暮れるような、何をするでもなく揺らぎの中に浮かぶ淡い影。
 【それ】は、横須賀総監部の中に残る鎮守府としての記憶なのか、それが海軍省である事を横須賀総監部は知っていた。
 晩年は見るに堪えない姿になったと聞いてはいるが、横須賀総監部は覚えていなかった。否、知るはずはなかった。彼は横須賀鎮守府ではない。
 横須賀鎮守府から造られた存在ではあったが、そのものに成るには到底記憶も情報も何もかもが足りなかった。

 それでも、残滓のような細かさで微かに残っていた慕情を、彼は大事に大事に育て上げた。だからこそ、陽炎のような海軍省を見つける事が出来たし、彼を見てまだ思慕募る思いがあった。
 拒絶する想いが少ないのは、軍転法が施行されなかったからかもしれない。米軍がいるからかもしれない。そういう予感を、彼は否定した。

 ただ、夏の陽炎の中に、自分だけが彼を見つけられるのだと。

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