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そこにあるフットボール

広義的にフットボールと書いておこう。
日常にフットボールは溶け込んでいるだろうか???スタジアムは非日常空間ではあるが年間パス所持者のように繰り返しスタジアムに向かい楽しむのはもはや日常。
見るだけ良いのだろか?自分でやってみたら楽しいのじゃないのか、そんなに上手くいくわけがない、やっぱプロの選手ってうめなーーー、そんなプレーあんのかよ!やりてぇぇぇ。などなど。

子供の頃、家の前の土手を登るとそこにはグランドがあった。小学校予定地だったが思ったよりも人が増えなかったのでそのまま地域の多目的広場化となったそのグランドは夏に祭がある他に、週末に小学生のソフトボールチームの練習場、平日は好き好きに遊ぶ空間となっていた。夜中に花火やられるのめっちゃ迷惑でしたけども(´・_・`)
その中で日曜日の早朝はおやじどものソフトボール対決が毎週のように行われていた。平日のうっぷんを晴らすべく近所のおっさんどもが集まりボールとバットに白熱していたのである。早朝じゃないと小学生のソフトボールの練習が始まるからね、いつだって子供は優先されるのだ。でも、近所に住んでいると白熱し過ぎたおやじどもの掛け声・鼓舞、野次がうるさくてうるさくて、騒音でしかなく、大嫌いだった。私の安眠を奪うイベントなわけだった。

あれから幾重の日も超えて、朝から河川敷でおっさんが集まり玉蹴りに興じていたのだから、ミイラ取りはミイラなのだ。

あの頃は野球が国民スタンダードスポーツだったから、グランドではソフトボールが繰り広げられていたわけで、今や私らの世代と言えばサッカーが優勢。そして河川敷のグランドは子供達のスクールなどで予定が埋め尽くされ、我々おっさんは早朝に馳せ参じるわけである。何も変わらん!あの頃、迷惑だと思ってすまんかった!!!そこしかおっさんが白球を追いかけるのが許されないのであったのだーーー


最近のCOVID-19の影響で見る方のフットボールは寂しい事になっているが、それでもこんな広い所でお互いに配慮した上で、耐える事なくフットボールを楽しむのが、そこにあるフットボール、フットボールが日常化しているのであった。

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