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【試し読み】『コトノハ町はきょうもヘンテコ』第1話「レンちゃん、道草をくう」

2020年3月5日に光村図書より出版された『コトノハ町はきょうもヘンテコ』の第1話「レンちゃん、道草をくう」を公開します。
諺や慣用句のことばどおりのことが起こる、ちょっとヘンテコな町を舞台にしたお話です。


1 レンちゃん、道草をくう

 とびきり春らしい天気のせいか、きょうはコトノハ町のあちこちに、道草をくっている人がいます。公園、空き地、田んぼのあぜ道。とくに町の真ん中を流れるコトノハ川のそばは人気のようで、子どもも大人も土手の草の上にすわりこみ、のんびりと道草を楽しんでいます。
 ところが一人だけ、
「わたしは道草なんてくわないもん」
と、土手ぞいの道をすたすたと歩く女の子がいました。
 名前はレンちゃん。お母さんが作ったあんころもちを、おじいちゃんにとどけにいくところ。
「きっと、おじいちゃんよろこぶなあ」
 レンちゃんはフフッと笑うと、あんころもちがはいった重箱をしっかりもちなおし、歩くスピードをあげました。
 と、そのときです。
 土手のほうから風がふきぬけて、レンちゃんの鼻さきに、ふわっと草のにおいをはこんできました。レンちゃんは思わずたちどまって、土手のほうをながめます。
 すると、そこで道草をくっている人たちは、ほんとうにのんびりしていて幸せそうで、レンちゃんは、きゅうにうらやましくなってきました。
「うーん」
 レンちゃんは、小さくうなってなやみます。
 おじいちゃんには、おやつの時間までにいくからね、とつたえてあります。はやめに家をでてきたので、まだよゆうがあります。
「うーん」
 レンちゃんはもう一度うなると、
「わたしも……ちょっとだけ!」
 スキップしながら土手におりていき、草の上にすわりこみました。
 そうして、やわらかそうな草を一本ちぎると、ぽいっと口にほうりこみ、むしゃむしゃと道草をくいだしたのです。

 ぽいっ、むしゃむしゃ。ぽいっ、むしゃむしゃ。
 
 町の人たちにまざって、レンちゃんは道草をくいつづけます。みずみずしい草、あたたかな日ざし、きらめく川面、ふきぬけるすずしい風――ああ、なんてすてき! レンちゃんは、うっとりしてしまいます。
 まわりの人たちも、もちろんおんなじ。レンちゃんの前のほうでは、作業着すがたの男の人が、口にくわえた草をくちゃくちゃさせながら昼寝中。どうやら食べてすぐ寝てしまったらしく、足のほうからみるみる牛になっていきます。
 そして、そのとなりでは三人のおばさんたちが、おしゃべりに花をさかせている真っ最中。
「ここの土手は最高ねぇ」
「日あたりはいいし」
「草の味もばつぐんよぉ」
 おばさんたちがしゃべるたびに、あたりにぽんぽんと花がさきます。色とりどりの花がさきます。
 レンちゃんはそれをながめながら、きれいだなあ、とますますうっとりしていました。が、ふと、そばにおいていたあんころもちがはいった重箱を見て、
(あっ。そろそろ、おじいちゃんちにいかなくちゃ)
と、思いだします。
 しかし、思いだしたはいいものの、うごく気になれません。草の上でじっとしているせいか、おしりがむずがゆくなってきても、
「うーん、もうちょっとだけ……」
 レンちゃんは、また草をぽいっと口にほうりこむと、むしゃむしゃと道草をくいつづけたのです。

 ぽいっ、むしゃむしゃ。ぽいっ、むしゃむしゃ。
 ぽいっ、むしゃむしゃ。ぽいっ、むしゃむしゃ。
 ぽいっ、むしゃむしゃ。ぽいっ、むしゃむしゃ。
 
 それから、どれくらい時間がたったのか、土手をてらしていた太陽がかたむきだしたころ、
 ――うぅ……。
 かすかなうめき声がしました。
 レンちゃんは、ハッとしてあたりを見まわしました。すると、また、
 ――うぅ……くらい。
 ――うぅ……せまい。
 その声は、重箱の中からきこえてきます。
 気になったレンちゃんは、つつみをほどいて、そっとふたをあけてみました。と、そのとたん、
 ――明かりだぞ!
 ――空気だぞ!
 ――自由だぞ!
 ――よし、みんな!
 ――思いっきり!
 ――羽を伸ばすんだ!
 重箱にならんでいた六つのあんころもちたちが、いっせいに、おう! とさけぶなり、羽を伸ばしてとびたっていったのです。
「まって!」
 レンちゃんは、あわてておいかけようとしました。ところが、どういうわけか、根がはえたようにうごけません。
「あっ、もしかして」
 とっさに、おしりをかくにんすると、思ったとおり、びっしりと根がはえています。
 そっか、このせいでむずがゆかったんだ、なんて考えるひまもなく、レンちゃんは両足をふんばって、地面から根をひきぬこうとしました。けれど、いくら力をいれてもビクともしません。
 そのあいだに、羽を伸ばしたあんころもちたちは、どんどん遠くへとんでいきます。
「まって! まって!」
 すると、あせったレンちゃんのおしりに火がついて、根もとがチリチリと焼けていきました。
「あつっ」
 さけんでとびあがったそのひょうしに、おしりの根がきれ、ようやく自由になりました。
 しかし、自由になったはいいものの、いきおいあまってでんぐりがえり。昼寝をしていた作業着すがたの男の人にぶつかってしまいました。
「あいたた、なんだ?」
 男の人は目を覚ましても、あいかわらず草をくちゃくちゃさせていました。が、自分がぜんしん牛になっていることに気がつくと、びっくりしたようにさけびました。
「しまった! 食べてすぐ寝るなんて!」
 それから、前足につけたうで時計を見ると、さらにおどろいたようにさけびました。
「しまった! とっくに仕事の時間じゃないか!」
 すると、その声がきこえたのか、おしゃべりに花をさかせていた三人のおばさんたちも、
「たいへん! ドラマの再放送がはじまるわ!」
「あらやだ! スーパーのタイムセールにおくれちゃう!」
「いけない! 歯医者の予約をしてたのに!」
 花をまきちらしながら、あたふたしだし、さらに土手にいたほかの人たちも、
「デートにおくれる!」
「バスの時間だ!」
「塾にいかなきゃ!」
「ピアノのレッスン!」
「犬の散歩が!」
 そんなわけで、道草をくっていた人たちは、みんな、あわててたちあがろうとしたのですが――
「なんてこった!」
「おしりから!」
 そう、みんな、根がはえていてうごけません。
 そんな中、一人だけうごけるようになっていたレンちゃんは、ひっしにあんころもちをさがしていました。
 しかし、いくらさがしまわっても一つだって見つからず、そのうち、川のむこうの役場から、夕方の五時をつげるチャイムが流れてきました。
「もう、こんな時間!」
 レンちゃんはからっぽの重箱をかかえて、おじいちゃんの家にむかってかけだしました。

 おやつの時間はとっくにすぎているのに、おじいちゃんは縁側にすわってまっていました。
「おじいちゃん、ごめんね。わたし、道草くっちゃって……」
 レンちゃんは、縁側の前でもじもじしながらいいました。
 すると、おじいちゃんは、そんなのどうってことないように、笑いながらいいました。
「そりゃ、きょうみたいな天気なら、道草くってもしょうがないさ」
 けれど、レンちゃんはやっぱりもじもじしてしまいます。
 だって、どれほどまちわびていたのか、おじいちゃんの首は、ろくろっ首みたいに長く伸びていて、頭が天井につきそうになっていたのです。
 レンちゃんは、おじいちゃんをそっと見あげました。
(どうしよう、こんなに首を長くしてまっててくれたのに……)
 そうです。レンちゃんは、あんころもちをぜんぶにがしてしまいました。たまらずうつむいて、重箱を見つめていると、
「おや、どうした?」
 おじいちゃんがさらに首を長くして、レンちゃんの顔をのぞきました。
 レンちゃんは、もうだまっていられなくなりました。
「あのね、あんころもちが羽を伸ばしちゃって……」
 思いきって、重箱のふたをあけたそのときです。
 ――ふうっ、つかれた、つかれた。
 ふいに、頭の上で声がしました。
 レンちゃんは思わず顔をあげ、それとどうじに、あっ! とさけびました。
 なんと、夕日で赤くそまった空を、あんころもちたちが、ふらふらしながらとんでいます。
 ――おい、見てみろよ。
 レンちゃんの声で、あんころもちたちも下のようすに気づきました。
 ――おっと、あれは、
  ――せまい箱。
 ――あたしたちがとびだしてきた、
 ――暗い箱。
 ――でもさ、
  ――もう夕方だし。
 ――羽を伸ばしすぎて、
  ――つかれたし。
  ――それじゃあ、そろそろ、
 ――帰るとするか。
 あんころもちたちは声をそろえて、おう! とさけぶと、いっせいに地上めがけてとんできました。そして、レンちゃんが目をパチクリさせているあいだに、つぎつぎと重箱におさまっていったのです。重箱に着地したのとどうじに羽はきえて、もう、あんころもちたちはうごきません。
 あっというまのできごとに、レンちゃんはしばらくぽかんとしていましたが、ハッと気がつくなり、
「ねえ、見て!」
 おじいちゃんのほうをむきました。
 すると、おじいちゃんはニヤリと笑っていいました。
「よし、首を長くするのはおわりだな」
 そして、首をしゅるしゅるともとにもどして、こういったのです。
「じゃあ、レンちゃん、いっしょに食べるか」
「うん、食べる!」
 
 レンちゃんとおじいちゃんは縁側にすわって、あんころもちを食べだしました。
「いやあ、うまい、うまい」
 おじいちゃんは、たちまち一つ目をたいらげて、もう二つ目をほおばっています。レンちゃんもまけずに、
「うん、おいしいね!」
と、もう一つ食べようとしたのですが、重箱の中を見て、あれ? と手をとめました。
 あんころもちの数がおかしいのです。たしか、お母さんは、ぜんぶで六ついれてくれたはず。レンちゃんが一つ食べて、おじいちゃんが二つ目を食べているから、あと三つのこっているはずなのに、重箱の中にはあと二つだけ……。
 
「うーん、あとの一つは、どこにいったんだろ?」
 帰り道、レンちゃんは、コトノハ川の土手ぞいを歩きながら考えました。
「ひょっとして、からすに食べられちゃったのかな?」
 土手には、もう町の人たちのすがたはなく、あちこちに根のぬけたあとがのこっているだけでした。
「それとも……」
 と、風もないのに、草むらが一か所、ザワザワとゆれているのが見えました。
 気になったレンちゃんは、土手におりて、その場所をのぞいてみました。
「あっ……!」
 レンちゃんは小さくさけんで、目を見ひらきました。それから、声をひそめてフフッと笑いました。
 なぜって、そこでは羽を伸ばしたあんころもちが、むしゃむしゃと道草をくっていたからです。

(おしまい)


<あなたの町のことば辞典>
お話に出てきた主なことわざや慣用句などをご紹介します。

【道草をくう】途中でほかのことに時間を使う。馬が、道のわきの草を食べながら行くために、進行が遅くなることから。
【食べてすぐ寝ると牛になる】食べたあと、すぐに横になるのはいけないという意味。行儀の悪いことはするなということを、牛を例にして注意したもの。
【花をさかせる】盛んにする。にぎやかにする。また、成功する。「おしゃべりに花をさかせる」は、つぎからつぎへと盛んに話をすること。
【羽を伸ばす】のびのびと自由にする。
【根がはえる】その場所から動かなくなる。
【しりに火がつく】物事が差し迫ってのんびりしていられなくなる。
【首を長くする】今か今かと待ちこがれる様子。


※続きは書籍でお楽しみいただけましたら幸いです。

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