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なんで営業やってるの?

これは、営業職で疲弊しきった夫と、営業が嫌すぎて退職しかけた妻による、「営業とは何なのか」を探し求めた7日間の記録である。

はじまりは一本の電話


営業職の夫は、プラットフォームサービスへ掲載する加盟店の契約をとるのが仕事だ。「食べログ」の掲載店舗の契約をとってくるようなイメージだ。基本業務はテレアポ。業務の9割は電話をかけることと言っても過言ではなく、常に誰かと電話している。夫と私は同じ会社の同じフロアで働いているため、くる日もくる日もテレアポする夫は、はたから見ても大変そうだった。

なかなか結果は出ないし、会社内でも赤字事業と肩身が狭い。何度も転職を考えた夫だが、「営業で結果を出して次に行きたい」「これは自分に与えられた試練なんだ」と、営業で結果を出すため身を粉にして働き、この1年間残業なしで帰宅した日は1日もない。

いつも通りの平日、先に帰って晩ご飯の準備をしているところに夫が帰宅した。帰りが遅いのはいつものことだが、今日の夫は疲れているのとは少し違う雰囲気だった。おかえり、と言ってからなんとなく声をかけられずにいたら、ジャケットをハンガーにかけながら夫がぽつりとこぼした。


「俺って、なんのために営業やってるんだろう」


テレアポした企業からクレームの電話が入ったのだという。電話をとってくれた他部署の後輩に謝りながら電話し、平謝りして事態はおさまった。それだけでも気の毒な一日なのに、他のお客様から解約希望の連絡が相次ぎ、事業部始まって依頼の解約数を叩き出してしまったのだという。

心も体も疲れすぎたのか、夫はご飯を食べて早々に寝てしまった。だけど、私はこれを「ただの災難な一日」として受け流すことができなかった。サービスを必要としていないお客様に電話をかけて、クレームになって。社内にも社外にも迷惑をかけて、営業している自分だって嫌な思いをして。結果が出ないから給料だってもちろん上がらなくて、こんな思いをしてまで営業する意味ってあるの?営業なんて、したくない。夫は口にしないだけで、もっともっとたくさんの思いを抱えているんじゃないだろうか。

希望した営業の仕事と絶望


Webメディアの事業部に異動する前は、私もインバウンド営業の事業部にいた。インバウンド営業とは、お客様からきた問い合わせを契約につなげる仕事だ。お客様からの問い合わせの電話に対応する仕事なので、夫のアウトバウンド営業よりはるかに受注率が高い仕事だった。新卒入社当時、配属希望に第3希望まで営業と書いたのは今でも覚えている。だが、自分から望んで営業になったものの、営業の仕事が嫌すぎて退職しかけ、今の事業部に拾ってもらったのだ。

営業だった当時、ひっきりなしに鳴り続ける電話は恐怖でしかなかった。お客様からの問い合わせは会社にとって嬉しいはずなのに、電話のコール音は二度と聞きたくないトラウマの音楽だった。

インバウンド営業だが、初回の電話でそのまま契約に至るケースは少なく、大半のお客様は検討中になったり、金額の折り合いがつかずその場でお断りされることが多かった。お客様の電話があれほど嫌だったのは、断られるたびに傷ついていたからだ。インバウンド営業でこれなのだから、夫のアウトバウンド営業がどれほどキツく心をすり減らす仕事なのか、私なんかには想像もつかない。

このまま営業することが夫の幸せに繋がらないなら、異動でも転職でもなんでもいいから、営業を辞めてほしかった。営業で疲弊する夫を私は救いたかった。

だが、事業部が違う夫に対して私ができることは皆無だった。仕事を代わってあげることはできないし、営業でもない私には仕事のアドバイスもできない。私にできることといえば、夫の「なんのために営業するのか」という疑問の答えを探すことくらいだった。

どれほど営業が嫌だとしても、明日から仕事を辞めることはできない。たとえ私に辞めてほしいと言われたって、自分が納得しない限り夫は辞めない。それなら、私が営業について調べに調べた情報を伝えて、夫自身に答えを見つけてもらうしかないと思った。こうして、営業でもなんでもない私が、「営業とは何か」を探す日々が始まった。

営業は断られるのが当たり前?

営業について調べ始める前に、私は「営業」という仕事に対して疑問に感じることを書き出してみた。

・営業とはなんなのか
・営業は断られ続けなければならないのか
・なぜ営業しなければならないの
・なぜ営業成績が上がらないのか
・話上手な人しかトップ営業マンになれないのか

営業職だった当時、お客様に断られることは仕事で1番のストレスだった。テレアポしている夫だってそうだろう。断られるということは、お客様はサービスを求めていないということだ。ならば、なぜ求められていないサービスを提案し続けなければならないのか。なぜ私たちは営業しなければならないのだろうか。私も夫も、おそらくこの答えを知りたい。

そして、どうすれば売れるようになるのかも知りたかった。つらい営業だって、多少なりとも売れるようになれば嬉しい。だけど、トップ営業マンとされる人たちは皆話上手で、ハキハキしている人たちばかりなイメージがある。もし、お客様と会話を弾ませられる話上手な人しかトップ営業マンになれないのだとしたら、私はあのまま営業を続けていても、トップ営業マンになれなかったのだろうか。どんな人がトップ営業マンになれるのか、どうすればトップ営業マンになれるのかも知りたかった。

疑問をある程度言語化できたので、さっそく営業について書かれているYouTubeや本、記事を片っ端から読み漁っていった。そこで学んだことを、ここに記していく。

営業とはなんなのか

広い視野で捉えると、営業とは「お客様との接点を新たに作ったり、今あるお客様との接点や関係性を広げたり深めたりしていく行動」のこと。対面で商品を売ることだけが営業ではない。マーケティングも企画も営業。相手が社内か社外かの違いで、営業していることに変わりはない。友達に仕事を紹介してもらうのだって営業。
 

営業は断られ続けなければならないのか

アウトバウンド営業は「買おうとしていないお客様」を相手にしているため、断られるのは当たり前。お客様の82%は商品を買わないという調査もある。そもそも買おうとしてたら問い合わせている。

売上が高い営業マンと低い営業マンの違いは、断られる回数。意外にも、断られる回数が多い営業マンの方が売上が高かった。断られる回数が多い=訪問回数が多く、1つ商品を購入されても断られるまで追加提案していた。

断られても営業を続けられるメンタルの根源には、使命感がある。キリスト教で免罪符を売っていた信者や、Appleストアのスタッフの共通点は使命感。断られること(拒絶)を乗り越えるには、これを売りたい・広めたいという使命感が武器になる。
 

話上手な人しかトップ営業マンになれないのか

話上手かどうかは、営業実績に関係ない。お客様が商品を買うかどうかは、欲しいタイミングかどうか・決裁できるタイミングかどうかで決まる。つまり、いくら話上手でもタイミングが合わなければ買ってもらえないし、欲しいタイミングのお客様なら、話上手じゃなくても買ってもらえる。

なぜ営業しなければならないのか。

営業は、お客様の重要な課題を見つけなければならない。ヒアリングでお客様が話す課題なんて、大したことがない課題。本当の課題なら自分で解決するために動いている。課題を引き出すのではなく、お客様さえ気づいていない重大な課題に気づかせるのが営業の役割。

また、営業職の幸福度を左右するのは営業成績。今は成果が出ない人でも、成果が出るようになれば営業が好きになる。

なぜ営業しなければならないのか


営業について調べる中で、もしかしたら自分は営業をとても狭い範囲で考えていたのではないかと思った。私にとって、営業はインバウンド営業とアウトバウンド営業の2択しかなかった。だが、社外の相手に商品を売ることは「営業」の一部でしかないことを知った。

社内や社外のお客様に働きかけて新しい関係を作ったり、関係を広げたり深めたりすること全てが「営業」なのだ。だから、私がやっているWebメディアの仕事も、営業の1つの形だった。営業が嫌でWebメディアの部署に異動したけれど、私も知らず知らずのうちに営業していたらしい。

そして、なぜ求められていないアウトバウンド営業をしなければならないのか、この答えも見つかった。お客様がサービスを契約していない時点で、サービスを求めていないのは当たり前だった。お客様が求めていれば、既に契約済みか問い合わせ済みだからだ。

じゃあ営業しても意味ないのかといえば、そんなことはない。自社のサービスでお客様の課題が解決できるなら、たとえいらないと言われてもお客様は契約すべきなのだ。営業をする必要があるのかと考えている時点で、自分自身がお客様の重大な課題を発見できていないのだ。逆に言えば、お客様の重大な課題を発見し、それが自社サービスで解決できるなら、営業がいらないなんて思わないはずなのだ。

調べた結果かなり残酷な結果になったが、長年誤解し続けていた「営業とはなんなのか」を、私はやっと理解することができた。

・営業とは、お客様との接点を作ったり広げたりする仕事全般のこと。
・営業がつらいと感じるのは、営業で結果が出せていないから。
・営業は、お客様の重大な課題を解決するために必要な仕事。

ここまで調べるのに約1週間。お客様からクレームがあったことも、夫はもう忘れているかもしれない。夕飯を食べながら、何気なく最近の仕事について聞いてみた。


「俺、転職しようと思ってる」


急な展開にびっくりしていると、夫は転職を決意した経緯を打ち明けてくれた。このまま今の部署で頑張り続けても、次に役職が就くのは自分じゃない。平社員のまま働きたいと思えるほど、今の会社は給料も人間関係も満足できるものではなかった。今後のキャリアステップを見つめなおし、転職した方がいいと判断したそうだ。

営業が嫌になったわけではないので、転職先も営業職で探しているのだという。「なぜ営業しなければならないのか」なんてこねくりまわさなくても、夫はとっくに営業が会社にとって不可欠なことを見抜いていたのかもしれない。

これまでの私なら「営業なんてつらいだけだよ」と引き止めるところだが、営業のなんたるかを知った今の私は、夫を全力で応援したい。そう思っている。

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