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アングラグラグラ・1

  出待ちのなかに彼女の姿を見つけたのは、これで何度目だろう?
  
 「かっちゃん。荷物届いてるよ」
   テレビの打ち合わせのため所属事務所に行った時のこと。ぼくが所属している事務所の名前はポップムーンという。暗闇を照らす月のように、芸人にも弾けるような明るい光を当てたいというのが由来だという。
  テレビの仕事は2ヶ月に一度あるかないか。それも同じ事務所の売れっ子芸人のバーターで、単発番組で、にぎやかし。それでもテレビに出れるのはうれしい。
  マネージャーさんにお礼を言い、ぴょこんと頭を下げた。打ち合わせをする会議室は右に曲がる。総務部なんかのある事務室は左側。左に足を向けた。
    部屋の隅には大きめの紙袋が置いてあった。しゃがみ、あぐらをかき封を切った。そのなかには箱が2つ、スニーカーが2足入っていた。ナイキとコンバース。紺のベースにエヌの文字がシルバーのナイキ、ベースは黒でゴム部分は黒と白のツートンカラーのコンバース。どちらもシンプルで普段使いも舞台でも履けそうだった。スニーカー・・。心当たりがある。

   先日、合同ライブがあった。小さな劇場で。売れてない芸人が何人いたってファンの数は増えない。お客さんがほとんどいない客席に向かい、ぼくらは漫才をした。ライブが始まったのは夕方の5時で、時間が経つごとにお客さんの数は減っていく。けれど、そんなことになんてとっくの昔に慣れた。おもしろくねえぞとか意味わかんねえとか、客席から飛んでくる冷たい野次に慣れなきゃ芸人なんてやっていけない。先輩や同期やマネージャーさんやアルバイト先の人たちから、やりたい漫才じゃなくてうける漫才をやったほうがいいとか、辞めるのもひとつの手とか、いつになったら売れるのかとかなんて言われるのももう慣れた。
   その日のライブのエンディングで、ぼくらは、司会者の芸人が財布を落としたという話から、いま欲しいものはなにかという話題になった。
「ぼくはお金です」
  相方の安達の言葉に芸人たちやお客さんたちから、ははははっと乾いた笑いが起こった。こいつ、たぶん本心で言ったんだろうけど、大笑い取るかまったく取らないかにしてくれ。
「かっちゃんは?」
「びしょびしょに濡れたスニーカーです」
  彼はなんでやねんと、右手でぼくの肩を叩いた。
   みんなの視線はぼくの足元に向いた。ノーブランドで、いつ買ったのか分からないくらいくたくたでぼろぼろで足の臭いが取れない靴。それにこれはスニーカーではなく、装飾のないビジネスシューズ。買ったのは量販店で。いつだっけ。全然思い出せないくらい昔。
「意味わかんね」
  つっこみでもなんでもない。
    
   この送り主はそこにいたのだろう。宛先は事務所、
匿名で送ってきているから男性か女性かは分からない。けれど同封されていた手紙から、それは女性だと想像できた。
【ほとんど毎回ライブ見に行ってます】
  10代半ばかな。まるっこい文字。
【よかったら使ってください。サイズちがってたらゴメンナサイ】
  ぼくはスニーカーをもういちど見た。
【大ファンです。これからもがんばってください!!】
   高校生ぐらいかな。アルバイトしたのかも。もし個数限定なら高かっただろう。こういうの、プレゼントって言うんだよな。芸能人が誕生日やバレンタインデーにファンからプレゼントをもらうって聞いたことはあるけど、いままで他人事だった。ほんとにあるんだ。この子はプロフィール見てサイズを知ったのかも。足を通し、紐をぎゅっと締めた。事務室のなかをぐるぐる歩いた、社員さんたちにいやな顔をされながら。うん、いい感じ。ぼくの足にぴったり合っている。これで帰ろうっと。長いあいだ一緒にいたこの人には申し訳ないけど、さよなら、もうお別れだね。
   ファンからプレゼントもらったの、初めてだ。芸人やって7年もたつのに。お礼の手紙書こう。でも相手の住所が分からない。プレゼントありがとうぐらい書きたいのにな。そうだ、ツイッターに書いたらいい。写真つけて。彼女がぼくのツイッターをフォローしてないかな。そしたら伝わるから。
  翌日マネージャーさんに頼み、写真を撮ってもらった。ナイキ履いて整列してダブルピースしてちょけている写真とコンバース履いてあぐらかいて、かっこつけた写真。すぐにツイッターに上げた。
【スニーカー
ありがどう

ございまーーーー
ーす!!!!

  ボケようと思ったけどやめた。お笑い芸人として何もしないのは違うなと思ったけど、芸人と彼女を天秤にかけたとき秤が床についたのが彼女だった。
   ぼくのためにお金と時間をかけてくれた子にボケるのはよくない。

   ぼくらは数えきれないほどの番組オーディションに落ちている。もしオーディションの神がいるならば、ぼくらは完全に見放されているのだろう。レオナルド・ダ・ビンチは『幸運の女神には前髪しかいない』と言ったらしい。つまり、チャンスはやって来たそのときにつかまなくてはいけないということ。ぼくらは女神やダ・ヴィンチの前髪を何度もつかみ損ねたってことかもしれない。あれ、ぼくが見たレオナルド・ダ・ヴィンチのイラストには前髪がなかったけどな。
  ま、どうでもいいや。ぼくらには最初からチャンスなんてなかったってことには変わりない。


❇️読んでいただいてありがとうございます。ファンの芸人さんが準々決勝で落ちてしまい、だいぶんショックを受けてます。それもあってか、いつだったか予告した≪アングラ芸人≫が少しも書けなくて(言い訳)、サブのこっちにシフトチェンジしました。こっちはこっちで進みが悪いけど。