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童話『いなりずし』

                   絵:横山みのりさん

それは それは 奥深い山の中に
おじいさんとおばあさんが
ふたりだけで ひっそりと暮らしています。
今年も もうすぐ 雪がふりそうです。
 
おばあさんは おなべで あぶらあげを 
コトコト コトコト。
おじいさんは すし桶で すしめしを 
サクサク サクサク。
「おじいさん こっちはできましたよ」
「おばあさん こっちもできたよ」
ふたりは ニッコリ ホイホイ ホイホイ
いなりずしが つぎからつぎに
できあがっていきます。

「おばあさん できたね」
「おじいさん 今年もできました」
「では でかけるとしようか」
「ええ でかけるとしましょう」

ふたりは たんぼに つきました。
おじいさんが 白い紙を畦におくと
おばあさんが いなりずしをふたつ
その上にのせました。
「田の神さま ありがとうございました」
「ありがとうございました」
ふたりは 手をあわせ お礼をいいました。
つぎにきたのは 畑でした。
やっぱり いなりずしを
ふたつ お供えしました。
「畑の神さま ありがとうございました」
「ありがとうございました」
ふたりは また お礼をいいました。
つぎは きれいな水が流れている小川です。
ここにもふたつ 石の上に お供えしました。
「水の神さま ありがとうございました」
「ありがとうございました」
やはり お礼をいいました。

そのつぎは 山の神さま。
つぎは お地蔵さま。
そして お墓につくと ひとつひとつに 
いなりずしを お供えして 
ご先祖さまに お参りをしました。

ヨイショ ヨイショ ヨイショ ヨイショ
さいごに 丘の上の神社につくと
残っている いなりずしを
ぜんぶ お供えしました。
「村の神さま 今年が最後になります。
あした ここをでていきます」
「今まで ありがとうございました」
ふたりは 長い間 お祈りをしました。
社の裏で きつねが一匹 おじいさんたちを
心配そうに 見守っています。

山やまに 雪が チラチラ ふりはじめ
ふたりは 丘から村を 見わたしました。
明日からは だれも いなくなるのです。
おばあさんが おじいさんの手を
ギュッと 強くにぎりました。
「タミコは 元気にしているだろうか?
もう三年になるね 山に帰ってから」
「ええ 元気にしていますよ きっと。
さようなら タミコ・・・・・・」
母親を亡くした子ぎつねと 一緒に暮らしていたことがあるのです。
ふたりの瞳は 涙で景色がにじんでいました。

その夜 神社のある丘の上から 
クウーン クウーンと
キツネの かなしいなき声が
村に ひびきました。
おじいさんとおばあさんが 庭に出てみると
きつね火の提灯が つぎづきに 空にうかび
太鼓や笛やかねを鳴らしながら 
きつねの花嫁行列が
雪のふる夜空を わたっていきます。
 

「きつねの嫁入りだよ おばあさん」
「ええ きっと タミコですよ。
とっても きれいですね」
ふたりは うれしくて たまりません。
「元気で 暮らすんだぞー!」
「元気で いてね タミコ!」
ふたりは 最後のお別れを言いました。

つぎの朝
おじいさんとおばあさんは
自動車にゆられて 村をあとにしました。
ふたりが 自動車の中から
遠くなっていく村を 見ていると
きつねが一匹 あとを追いかけてきました。
ふたりは 窓をあけ 
一生懸命に 手を振り
小さくなっていくきつねを
いつまでも いつまでも 見ていました。 

やがて 村は 
深い雪に うもれました。
しーんと しずまりかえった村に
二度と ひとの声がすることは 
ありませんでした。
村は ながい ながい 眠りについたのです。
(おわり)

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