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「オッペンハイマー」

台湾で7月下旬に封切られた「奧本海默」という映画を観てきました。この中国語は"オッペンハイマー"のことです。原爆を開発したこの科学者のことは、何冊かの本を読んで知っていました。物理学の理論で可能性を示されたこの爆弾を、アメリカの頭脳と技術を駆使して短期間に開発した科学者であると評されています。映画は、科学をテーマにしていて、かつ史実に基づいているというので興味津々で観に行きました。

ストーリー

3時間の映画は、概ね3つの部分で構成されていました。

第一部は、オッペンハイマーが物理学の研究者として、世界を飛び回る話。彼の物理学理論に対し、イギリス、ドイツでもその実現性に疑問を持たれ、思うような研究ができない時代です。
第二部は、オッペンハイマーにアメリカ陸軍から原爆開発の指示があり、彼がそのプロジェクトの責任者として原爆開発に邁進する部分。この部分は原爆実験の成功で幕を閉じます。
第三部は、第二次世界大戦が終わり米ソの冷戦が進む中、オッペンハイマーが水爆の開発に反対したことなどから、ソ連に通じていたのではないかと国家反逆の罪に問われる部分です。

日本では公開予定なし

これは、3時間のとても見応えのある映画でした。全体として、オッペンハイマーの視点からの物語になっているので、日本における原爆の被害等の描写は全くありません。原爆がその放射能で、人体に対し悲惨な結果をもたらすということは、原爆実験の際に体に不調をきたした兵士が現れたというぐらいの描写です。
そのことは作劇上の取り扱いとして、妥当なのだろうと思います。この映画のテーマは"American Prometheus "、原爆を開発したアメリカ人科学者の実像を描くことで、原爆の被害を描写することではありません。

ですので、僕はこの映画は善悪の物語ではなく、1人の傑出した科学者が、どのようにこのような世界を変えてしまうような力を持つ爆弾を開発したのか、そのストーリーとして見ました。
そして、その成功の後に、国家反逆の罪に問われてしまう悲劇。これは、中国の故事に言う"狡兎死して走狗烹らる"に近い出来事だと思いました。中国の故事では皇帝に嫌われた家臣が、皇帝に殺されてしまうということになりますが、近代のアメリカではそれはオッペンハイマーの名声に嫉妬した人物群の仕掛けるトラップになります。

映画を見終わって調べてから気がついたらことですが、これはアメリカで評判が高く、台湾でも満席の状態で見た人気の映画なのですが、日本では公開の予定がないそうです。
配給先が、この映画を放映することのリスクの大きさに、放映を見送っているということのようです。日本人にとっては、これは歴史的事実として見るにはあまりにも悲惨な出来事なのでしょう。

感想

映画を観て気のついたことを、いくつか感想として書いておきます。

  1. 原爆というのは、人間が手を使って組み立てる具体的なものだということが、原爆開発の過程を視覚化することでよく分かりました。とても不謹慎な感想かもしれませんが、具体的な原爆製作の様子は、火薬を何層にも重ねて球体に押し込める、花火のようなものだと感じました。

  2. 原爆を使ってたくさんの人間を殺したことに良心の呵責はないのかという問いかけが、映画の中でなされていました。アメリカでは、この時期の歴史を複眼で見ようという傾向があるのでしょうね。

  3. 原爆開発のプロジェクトの核となるのが、ユダヤ人の頭脳と、彼らのナチスに対する反抗心という描かれ方をしています。それが、原爆完成に先立ってドイツが降伏してしまった。そこから、日本を標的にこの爆弾を使うことになる件が、日本人にとってはとても気になるところですが、そこはあっさりと描かれていました。この部分は、軍の意向、巨額の費用をかけた兵器を実戦で使わないわけにはいかないというのが理由のはずで、ここは科学者の視点ではなく、アメリカ軍の視点からの強い表現があった方が納得感があった様に思います。

  4. 要所要所に、アインシュタインが現れてオッペンハイマーとの交流が描かれます。この時代、アインシュタインは歴史上の人物ではなく、同時代の人間なのだということが興味深かったです。

この作品は、科学と歴史をテーマに、一人の科学者の物語を紡ぎ出した、とても素晴らしい映画だと思います。
そして、アメリカ側が日本の立場にも配慮した歴史観を示しているならば、日本側もアメリカの立場に相応に理解を示す必要があるのだろうと感じました。


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