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学生時代のヨーロッパ旅行(その二十六、トルコ)

オーストリア編で書いた様に、トルコを渡ってオーストリアに来ていた建築士に、ミマール・シナンのモスクを見るべきだと強く勧められていたので、トルコではまずエディルネに向かうことにしました。

トルコの旅は、これまでのヨーロッパの旅行とはだいぶ勝手が異なりました。トルコはヨーロッパの文明圏とは違うと実感する旅でした。

エディルネ

ブルガリアを抜けたオリエントエクスプレスは、トルコとの国境を抜け、緑のない乾いた土地に入り、朝早くエディルネの駅に着きました。
その駅の印象は、とても広い荒野の中にポツンと駅舎だけが建っており、こんなところに降りて本当に大丈夫なのか、ちゃんとエディルネの街に行けるのかと、とても心配でした。

駅にはインフォーメーションもなく、困ったことにこの頃のエディルネでは、ドイツ語を話す人はいても、英語がほとんど通じなかったのです。後でイスタンブールで聞いたところによると、第二次世界大戦中、トルコはドイツと同盟を結んで戦っており、ドイツとの関係が深く、戦後になってもドイツとの技術協力などがあって、ドイツ語を学んでいる人が多いのだそうです。それで、エディルネの街を歩いていても、ほとんど英語が通じませんでした。
(イスタンブールに行くと、状況はだいぶ変わりました。)

次の問題は、エディルネと言う街が、ヨーロッパの観光の発達した諸都市と比べると、全くの田舎で何のインフォーメーションも無かったことです。ですので、とにかくエディルネの街に行けばなんとかなるだろうと、駅からの交通手段を探しました。

全く言葉が通じない中で、身振り手振りで教えてもらったのは大型バスの乗り場でした。日本で街中で走る様なタイプのバスではなく、長距離バスの仕様だったので、本当にこれで良いのか不安でしたが、これに乗れと急かされるままに乗って、バスは出発しました。

エディルネ付近の土地は、砂漠とは言いませんが、緑のとても薄い、砂嵐の飛び荒ぶ荒野と言った印象でした。
そんな砂色の土地を30分ほどバスは走り、これも砂色の街に入りました。遠くにもモスクのミナレットが見え、ああ間違いなくエディルネに来たのだと一安心しました。

オスマン・トルコの元首都

この時足を踏み入れたエディルネという街は、この後に行くイスタンブールと比べて、とても田舎の街でした。ただし、ここにはイスタンブールのブルーモスクを担当した建築家、ミマール・シナンの設計したセリミエ・モスクがあり、街の真ん中にはトルコのバザールもありました。
この街は、東ローマ帝国時代のハドリアノポリスを起源とする、とても長い歴史を有する古都だったのです。

Wikipediaの解説によると、十字軍の際に西ローマ帝国領になり、その後東ローマに戻る。その後オスマン・トルコに占領されてからは、イスタンブールを落とすまで帝国の首都となったそうです。オスマン・トルコの西征の最前線という位置付けだったのでしょう。そのためミマール・シナンが首都にふさわしいモスクをここに建てています。そして、首都としての繁栄を続け、イスタンブールに首都が移った後も帝国の副都として機能し続けたということです。

現在では、エディルネのこれらの建物群は世界遺産として認定されています。きっと今は観光都市として、発展していることでしょう。
しかし、40年前のエディルネは、建築遺産は残っていましたが、観光するにはとても不便な、なんの整備もされていない田舎の街でした。

トルコにおけるエディルネの位置。
トルコのヨーロッパ部分の最西端にあります。
プルガリアとの国境のすぐ近くにある街です。

ミマール・シナン

普通の日本の方は、ここで書いているミマール・シナンという建築家のことをご存知ないと思います。建築設計を業としている人でさえもほとんど知らないでしょう。
しかし、この人物を描いた小説があるので紹介しておきます。夢枕獏氏による「シナン」です。

この小説では、ハギア・ソフィアを上回るドーム建築を建てようとチャレンジする、建築家シナンの姿が描かれています。オスマン・トルコの代表的な建物を次々と設計したとは言え、封建時代の建築家を主人公にした珍しい小説です。

エディルネの宿

街の中に入ると、運転手からここで降りろと指示がありました。と言っても、バスターミナルがあるわけではなく、もちろんツーリストインフォーメーションもありません。バスを降りた場所は普通の田舎街の通りでした。

まず宿泊する場所を見つけなくてはならないと、通りで見かけた"Hotel"の文字を頼りに、小さな宿を探し出しました。エディルネにはホテルはなく、民宿と言った様子の小さな宿があるだけでした。

一応チェックインは英語でできました。この宿で二泊することとし、直ぐに出かけました。立地は街の真ん中だったので、地図はありませんでしたが、モスクのある街の中央を目指して歩き始めました。

セリミエ・モスク

ヨーロッパではルネサンス、ゴシック時代から、近代建築まで様々な時代のキリスト教の教会建築、礼拝堂を見てきました。ガウディのサグラダ・ファミリアをはじめ、印象に残っている建物はたくさんあります。しかし、初めてイスラム世界に来て見たセリミエ・モスクはとてもインパクトがありました。

キリスト教の礼拝堂には、通常中央に軸線があり、その視線の先に十字架やキリストの像があります。その様な中心性と、シンボルが普遍的にあります。それがイスラム教のモスクにはどちらもないのです。
モスクの外観から、この建物は円を基本にしており、そこにドームをかけることは分かりますが、実際にモスクの中に入って礼拝の様子を見て、モスクという建物の設計意図がよく分かりました。

イスラム教は偶像を否定しており、宗教の創始者ムハンマドの像もありません。ですので崇拝する具体的なものが何もありません。
そうすると、信者はどの様な形式で礼拝をするかというと、このドームの中央を中心にして、円形に並んで集まり、ドームの中心を見上げる様にお祈りを捧げるのです
この礼拝のあり方と、建物の形式がとても密接に関係しているのだと感心しました。

セリミエ・モスクでの礼拝。

この建物に大きなドームを架ける技術的なポイントは、四角の平面に丸いドームをかけるのではなく、八角形にした平面にドームを架ける形にしたことなのだそうです。そうすることで、柱間の距離を短くし、アーチの大きさも小さくできる。その様に垂直荷重に対して耐えやすい断面にした上で、全体の形を整理しています。

そして、その様にして作られた建物は、インテリア空間も外観も全てが統一されて、一つのダイナミズムを持った形状にまとめられている。この様な内外が一体となった合理的な空間はとても素晴らしいと感じました。力学的にも合理的で、その上美観的にも素晴らしい。イスラム建築は幾何学的な装飾に特徴があるとは考えていましたが、このセリミエ・モスクで見た空間のインパクトはとても大きなものでした。

ドームが複雑に組み合わさった外観。
まるでフラクタルの思想で作られたものの様です。

このセリミエ・マスクはミマール・シナンにとっても快心の作なのだそうです。そして、ミマール・シナンはオスマン・トルコの最も優秀な建築家であるとのこと。僕は初めて来たトルコの地で、最高のモスク建築を見学していた様です。

バザール

このモスクの前には、エディルネのバザールがありました。低層のドームの回廊に店舗が延々と連なっています。貧乏旅行している人間にはあまり関係のない商品ばかり並んでいましたが、まるで映画のセットの中に入った様な、エキゾチックな雰囲気がいっぱいでした。

エディルネのバザール。

ハマム

トルコには、伝統的なハマムと呼ばれる浴場があるというので、それも体験してみました。説明によると、このハマムもミマール・シナンの設計した建物なのだそうです。ということは、この浴場は皇室の使う施設だったということなのでしょうか?とても立派な石作りの浴場でした。ヨーロッパの旅では、ずっとシャワーを浴びる生活だったので、その様な浴場なら体験してみようと試してみました。

このハマムという施設には垢すりをしてくれるサービスがあります。そのサービスにはチップを払うシステムになっていました。これをお願いしたのですが、何しろ半年近く旅行を続けている身なので、どうも身体をゴシゴシやってもらうと、かなりの垢が出てきた様です。このサービスをやってくれているおじさんとは何しろ会話ができないので、何を言われているのか分かりません。最後には多いのか少ないのかよく分かりませんが、とにかくチップを渡して、その場を後にしました。

ハマムのインテリア

トルコ料理

トルコでは食べるものも初めての経験でした。日本ではもちろんトルコ料理を食べたこともありませんでしたし、ヨーロッパ旅行の最中でも食べる機会はありませんでした。

特徴としては、店の前に並べてある料理のお皿から、いくつかを指定して盛ってもらうバイキング形式が多かったことです。そして、供される料理もヨーロッパで食べるものとは違いました。
ヨーグルトで味付けをしたものとか、シシカバブの串焼きなど、ヨーロッパのレストランでは見たことのない料理を、よりどりみどりで選べます。そして、そのどれもがとても美味しい料理でした。

トルコの料理というのは、世界三大料理の一つとも言われ、とても有名なものなのだそうです。遊牧民族の全く異なった文化の食べ物だという印象も強く持ちました。
この時の印象がとても良くて、今でもトルコ料理はよく食べに行きます。台北にもトルコ料理店はあり、美味しい料理を供してくれます。

台北のトルコ料理レストラン【イズミール】


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