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博愛座

台湾では"Priority Seat"のことを"博愛座"と読んでいます。日本では"シルバーシート"とか"思いやり席"とか呼ばれていますね。

60歳になって

台湾では、この"博愛座"は必要な人のために空けておくものと考えられています。特に老人や障害者の人がいない場合でも、健常者は普通この席には座りません。優先席という概念ではなく、そこは開けておくもの、健常者であれば座ることは禁止されているかのようです。

僕も60歳になり見た目もそれに相応しくなり、しょっちゅう席をどうぞと勧められます。初めの頃は違和感がありましたが、最近はあまりにもしょっちゅう声がかかるので、もうそういう歳なのだと自覚しています。

台湾ではMRTやバスで博愛座の席を勧められる、或いは譲られることが日常化しているので、これを見た日本人から、台湾の敬老精神は素晴らしいという評判をよく聞きます。

フードコートの席取り

しかし、僕には腑に落ちないことがありました。それは、これらの博愛座での必要な人に席を譲るというシーンと、フードコートでの周りの人間を押しのけてでも席を確保しようという勢いの間に、ものすごいギャップがあるからです。
台湾のデパートやショッピングモールには、大体において大きなフードコートが設けられています。小さな規模では6軒ほど、大きなものでは20軒を超える飲食店舗が軒を並べ、客席は共用で設けられています。人気のフードコートで食事時に行くと、この席を確保するための戦いが始まります。

この様なシーンに出くわすと、どの人も我先にと席を確保しては、荷物を置いて食事を注文に向かいます。ここは空いていますかと声をかけても、いえここはもう我々の席ですと断られることばかりです。この様な場合に、僕のことを見て、どうぞお座りくださいという風にはなりません。

フードコートの様子

それは、博愛座だからですよ

この2つのシーンのギャップをとても不思議に思ったので、ある時台湾人の友達にこのことを尋ねてみました。何故台湾人はフードコートでは、我先にと争って席の確保に走るのだろう。この時に譲り合いの精神はないのかと聞いたのです。その時の返事が奮っていました。

彼女は僕に反問してきました。
「バスやMRTでは何故台湾人はお年寄りや身障者に席を譲ると思いますか?それは、別にお年寄りを敬うとか、身障者に席を譲るのが必要だという譲り合いの精神ではありません。」
僕は、ん?と思いそのまま彼女の話を促しました。

「それは、その場所が博愛座だからです。博愛座では老人や身障者に席を譲るようにとルールがあります。フードコートの席は博愛座がありますか?ないですよね。だから、誰も席を譲らないのです。」
そんなものかと思い、考えを整理していると、彼女が畳みかけてきました。
「台湾のYouTubeで博愛座に若者が座って、老人に席を譲らないという動画が公表されたことがあります。その若者はメディアでバッシングを受ける羽目になってしまい、とても面子をつぶしてしまいました。そんなことがあったので、台湾ではみな博愛座に座らないようにしてるんです。別に敬老とか、譲り合いの精神があるわけではありません。ルールだから、そのようにしているだけです。」

この友人の身もふたもない説明に、納得できない気持ちが残りましたが、僕の疑問には回答を示してくれていたように思います。ダブルスタンダードというわけではなさそうです。

日本では、シルバーシートがあってそれに若者が座っていて、必要な人に席を譲らないというシーンをよく見かけるように思います。この精神構造と、台湾人のこの傾向は、どのような違いがあるのでしょう。一般的には日本人の方がルールを守り、台湾人が破りがちと見られていますが、この場合は逆です。

台湾人は面子を大切にするということでしょうか。台湾人は、面子がつぶれることを嫌うというのは聞いたことがあります。人前で叱ってはいけないとか、他人と給料を比較して待遇を比べるとか。台湾人の心象風景を、もう少し分析する必要がありますね。

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