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【台湾の面白い建物】衛武營國家藝術文化中心(そのニ)

今回はこの建物の音楽ホールを紹介します。

音楽専用のワインヤード型ホール

この音楽ホールは、台湾で初めてのワインヤード形式のホールとして計画されています。このような平面計画のホールは多目的には使えず、音楽専用となるので、世界でもその数は多くはありません。ベルリンのシンフォニーホールが嚆矢で、日本ではサントリーホールが、カラヤンの監修のもとに計画されたものとして有名ですね。

この施設の真価を見るにはコンサートに参加しなくてはいけないと考えていたので、フォーレのレクイエムを演奏するというプログラムが発表されたと知り、これを聴きに行くことにしました。

ホワイエ

ホワイエは他の室内インテリアと合わせて、白黒のモノトーンを基調としてします。しかし壁面がおおらかな曲面を描いているのと、吹抜けの天井部でもその曲面をうまく強調しているので、単調な感じは受けません。シンプルな素材でも特徴を出しているのには感心します。

シンプルな素材感のホワイエ

内部空間

ホール内部は平面的な拡がりがあって、こちらはステージと座席のレイアウトに合わせて、とても複雑な造形になっています。しかしその広さからでしょう、せせこましい印象はなく、のびのびとした空間の中にいる様に感じます。スケール感がちょうど良い。このフィット感はこれまで見てきたホールの建築と比べても、とても優れているように思います。
これは音楽専用ホールなので、視線到達距離を考慮しなくて良いことも関係するのでしょう。演劇を見るホールというのは、客席からステージ中心までの距離を約30m以内にする約束事があります。そうでないと、肉眼でステージの様子を見れないわけです。音楽専用ホールだとこの縛りはないので、平面的に広がったレイアウトを計画することができます。
木の素材を使っているのは柔らかい反響音を目指しているからでしょうか。視覚的にも優しく、暖かい雰囲気のインテリアとなっています。

ステージ周りの様子
2階席を見る
3階席と天井の様子

音響

フォーレのレクイエムは、合唱曲です。この曲を生で聴けるのはもうそれだけで感動ものでした。そして、これに荘厳なパイプオルガンも加わります。
本来このような宗教音楽は、巨大な礼拝堂空間で、とても長い残響音のある環境の中で聴くことになります。例えば東京カテドラルでチェロの独奏を聴いたことがありますが、礼拝堂全体から音が響くとても深いエコーがかかったような感じでした。
しかし、このようなホール空間ではその残響は適度に抑えられています。それなので印象としては、全く違和感がないというものです。長くもなく短くもない。ちょうど良い音の感じで、この空間にマッチした残響で音が奏でられている。この音響的なフィット感も、このホールの優れたところだと感じました。

可動式天井

演奏の始まる前に、ホールの様子を見てみたいと三階席に上ってみました。そうしたところ、正面に天井が吊り下がっているのが分かりました。この天井は可動式かのだろうか?僕は日本ではホールの設計にも加わったことがあるので、可変の音響反射板が計画されることがあることは知っています。しかし、これらはステージの背面とか側面に計画されることが多く、ステージからの反射音を調整するものです。
そもそも、ワインヤード形状の音楽ホールなのでステージが中央に配置され、そのような背面や側面からの音の反響のための設備はつけられません。どうもそのために天井に可動吊下げ式の反射板が設けられているということのようです。
手元にはこの衛武營國家藝術中心を特集した雑誌があるので、家に帰ってこのことを確認してみました。これは、確かに可動式の音響反射板でした。この天井の上げ下げで最適な残業時間を得られるように調整できるわけです。このことは、とても重要なことであるように思います。

僕は東京のサントリーホールでのコンサートを聴きに行ったことがあります。その際に特に印象に残ったのは、音楽の際にではなく、それが終わった後の拍手の音です。この拍手の音というのは、演奏そのものよりも音圧が高いことがままあります。それが理由なのでしょう。この時に聞いた拍手の音は、まるで天井から降り注いでくる音のシャワーの様に感じられました。思わずこれはどうしたことだと天井を振り向いて見たくらいです。
そういった経験があったので、この衛武營でもそんな風になるのかと思ったのですが、ここではそんな音のシャワーは感じられませんでした。その時はサントリーホールの経験をデフォルトとして、少し物足りないなと感じたのですが、これはよくよく考えると逆なのではないかと考える様になりました。
サントリーホールで天井からの反射音がとても強く感じられるというのは、空間のスケールの中で天井が少し低いのではないかということです。そのため拍手の反射音がとても強く感じられる。衛武營の空間では、その様に感じられないというのは、断面的な高さの設定をちょうど良い具合に調整できるからであって、その方が優れているのではないかということです。少なくともそれを調整する余地がある、それは凄いことです。

そんなことを考えたので、サントリーホールの天井について調べてみました。そうしたところ、日本では東関東大震災の際に大面積の天井が崩れ落ちた事件があり、そのために天井の耐震改修をしましたという記事がありました。そうであれば可変天井などということにはなりようがありません。この様な天井の仕組みは、日本ではほとんど実現不可能です。

可動式の天井反響板

パイプオルガン

今回の演奏はフォーレのレクイエムだったので、パイプオルガンの演奏もありました。このパイプオルガンも台湾ではもちろんアジアでも屈指の楽器なのだそうです。ストップ数は9,085本。これはサントリーホールの5,898本と比べても遜色はありません。

とても幅広くパイプが設置されています
巨大なパイプ群

そしてもう一つ驚いたのは、オルガン奏者の鍵盤がステージに独立して設置してあったことです。
普通、バイブオルガンの演奏者席はホールの壁面に向かって配置されています。それは機械的にオルガンの鍵盤とパイプがつながっているからで、楽器の仕組み上そうならざるを得ないと考えていました。しかし、恐らく衛武營では鍵盤からの信号が電気的にパイプの動作機構につながる様になっているのでしょう。オルガン奏者がステージにいて、まるでヤマハの電子オルガンを弾くように、顔をステージに向けて弾いています。これは、演奏する側にとってはとても素晴らしいことなのだろうと感じました。
アンサンブルで音楽を演奏する際にアイコンタクトというのはとても重要です。ピアノコンチェルトを演奏する際のピアニストと指揮者の様子を思い浮かべれば分かります。彼ら二人は常に相手の様子を確認し、目で合図を出しながら演奏をしています。これが通常のパイプオルガンでは座席の位置が高く、壁向きに座っているので、とてもやりにくいわけです。よく見るのは、鏡を使ってオルガン奏者が指揮者の方を見ることができる様な仕組みです。しかし、これではオルガン奏者から指揮者は鏡越しに見ることができても、指揮者からオルガン奏者の様子はとても分かりづらい。
こういった問題が、この独立した鍵盤のオルガンではとてもスマートに解決しているわけです。オルガン奏者が他の楽器奏者と一体感を得られやすいし、見る方からしてもオルガン奏者がステージの一角にいるというのは、とても自然なことです。何より、演奏者同士とてもコミュニケーションを取りやすい。これは大きなメリットだと思います。

パイプオルガンの鍵盤はステージ上にあります

アジアでも屈指の音楽ホール

僕は、日本でもいくつものコンサートホールで音楽を聞いていますし、台湾でもそうです。残念ながら欧米ではこの様なホールでのコンサートを聴いたことはありません。アジアでも、他の国では聞いたことはありません。
そんな限られた範囲での印象ですが、この衛武營國家藝術中心の音楽ホールは、上記の様な理由でサントリーホールに勝るとも劣らない立派な施設なのではないかと感じています。

ヨーロッパの最新のホールのアイデアを取り入れたこの音楽ホール。皆さんも機会があれば一度音楽を鑑賞してみてください。日本とは違った音楽体験ができるように思います。

ステージ背面の吸音壁の様子


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