見出し画像

朝鮮半島有事

台湾の安全保障について"台湾有事"ということが叫ばれて久しいです。これは、僕は安倍元首相が音頭を取って、台湾との関係を強化しようと考えられたスローガンと考えていますが、どうも言葉が一人歩きして、どのメディアもこのテーマで様々な言論をしている様に思われます。
僕は、台湾有事を言うなら、余程大韓民国の置かれている事態の方が危険、大きなリスクがあるのではないかと考えています。"朝鮮半島有事"、日本としてはこちらのリスクを心配すべきなのではないでしょうか。

台湾有事の語られる文脈

台湾有事という言い方は安倍元首相の提唱したものです。日本と台湾は長期的な友好的パートナシップを結んでおり、台湾が安全保障的な危機を迎えればそれは日本への危機に結びつく。そのような意味合いで語られることが多いです。
このような言論は台湾でも広く歓迎され、まるで台湾が危機に晒されれば、日本軍がすぐに応援に駆けつけるというような錯覚を起こしています。このことについては別の記事でも書いているので参照ください。

現在の日本のメディアは、この台湾有事論を取り上げることがとても多く、頻繁にこのテーマに関する議論が行われています。

しかし、僕はそれをいうのであれば、朝鮮半島の方が余程、実際に有事になるリスクが高いであろうと考えています。

朝鮮半島の歴史的環境

大韓民国は朝鮮半島にあります。そして半島の大陸側の付け根は、朝鮮民主主義人民共和国という敵国に抑えられています。
歴史上、ある国家がこのような状況に置かれた場合、半島の先端に抑え込まれた勢力は、崩壊するかそこから逃亡するかしかありません。朝鮮半島で言えば、任那日本府がそうであり、百済がそうです。イベリア半島のイスラム勢力は、16世紀スペインにより追い落とされ、アフリカに押し戻されています。

これは、近世までの歴史ではごく自然な戦争の成り行きです。半島の先端に閉じ込められてしまった軍隊・政府は存続が難しい。経済的にも軍事的にもです。そのため崩壊の一途を辿るというのが通常の運命です。

ですので、朝鮮半島において大韓民国が第二次朝鮮戦争後、1953年に休戦状態になってから現在まで、70年に渡り国を保てているというのは、よくよく考えると、とてもイレギュラーな事態であると考えても良いと思います。

韓国の置かれている状況

この状況は、アメリカ軍による援助があるからこそ持続できているのでしょう。朝鮮戦争の際、共産国家にアメリカがコントロールしていた朝鮮半島南部を蹂躙された。それをアメリカ軍が総力を上げて押し返し、北朝鮮軍を中国国境までおしやった。しかし、そこで中国軍による反撃を受け、朝鮮半島中間部まで退却した。そこで戦線が膠着して現在に至っています。
この戦争でアメリカ軍と中国軍は熱い戦争を繰り広げています。この戦争については、デイヴィッド・ハルバースタムの「The Coldest Winter」に詳しく描かれています。どこかで歴史の歯車が一つ狂っていたら、朝鮮半島は全てが共産国家の影響下に置かれていたかもしれません。

アメリカはどうしても、朝鮮半島を自らの影響下においておきたかった。それがために敗戦国の日本も巻き込み朝鮮戦争を遂行し、38度線を休戦協定を結ぶ国境線と定めました。

しかし、中華人民共和国の経済発展のもと、アメリカの影響下にある大韓民国という図式が崩れ始めました。それは、中華人民共和国の経済的な台頭により、大韓民国政府が中華人民共和国とのパイプをより重視し始めたからです。
僕が台湾で留学していた1990年当時、台湾にはたくさんの韓国人の留学生がやってきていました。しかし、1992年大韓民国は中華人民共和国との国交を回復、中華民国と断交してしまいました。そして、政治・経済の両面で中華人民共和国との関係を深めていきました。

ここで、大韓民国は大きな矛盾を抱えることになります。軍事・安全保障的にはアメリカの傘にあるが、経済的には中華人民共和国との繋がりを深めていく。この矛盾は日本と比べると格段に大きいと思われます。日本ではアメリカをとるか中華人民共和国をとるかと詰め寄られれば、それは如何ともし難い。日本はアメリカの軍事的な傘の中にあります。そもそも、自国の空をアメリカ軍に抑えられている状況ではアメリカに楯突くわけにもいきません。またアメリカも、東太平洋における軍事的プレゼンスを維持するためには、日本との友好関係を保持して、日本国内のアメリカ軍の基地を維持していく方が有利と判断するでしょう。
このようなGive and Takeの関係が成り立っているのが、日米の安全保障関係だと思います。

中韓関係

しかし、大韓民国におけるアメリカ軍基地の位置付け、米韓の外交関係というのは、そのようなものではありません。在韓米軍のことを調べると、オフィシャルには在韓米軍の撤収などということは発言されていませんが、マスメディアからは大統領の意向により、そのようなことはありうるという懸念が報道されています。
これは、ベトナム戦争の歴史的経過を見るとよく似た事態が起こっていたことが分かります。報道は米軍の撤退を示唆しますが、米軍は最後の最後まで撤退の意向を示しません。しかし、ある日突然軍の撤退の決断は示されます。ですので、オフィシャルな発言がないからと言ってそれがないとは限らないであろうと考えています。

南ベトナムから米軍が撤退する過程をみると、米側が南ベトナム軍への信頼をなくしてしまい、最終的に軍事的な援助を断ち切るという過程が分かります。大韓民国に米軍が残るかどうかは、米軍の意思と共に、大韓民国の国防に関する意識が大きく影響するのです。

そのように考えた場合、韓国の中国に対する傾斜は甚だしいものがあるように思われます。最近でこそ、この傾向には一旦歯止めがかかり、韓国は中国との距離を取り始めているように見受けられます。韓国はこのような姿勢を示さないとアメリカ軍に見捨てられる、そのような懸念を持っているのでしょう。
韓国の政治は、歴史的にこのような2つの政治勢力の間を揺れ動くということを繰り返しています。モンゴルと宋、明と清、清と大日本帝国。現在は中華人民共和国とアメリカの間で、国内勢力がニ分され、主導権争いを続けているのでしょう。

第三次朝鮮戦争のリスク

大韓民国が存在するには、米軍の援助が必要。これがないと、西側に控える強国、北朝鮮・中国・ロシアに飲み込まれてしまうでしょう。これは日本の置かれている地政学的環境と比べると格段に危険です。それは、台湾と比べてもそうです。

台湾においては、中華人民共和国との間に東シナ海という障壁があります。この障壁を越えるには、アメリカ海軍のハードルを超えないといけません。この障害はとてつもなく高い。中国がミサイルを撃とうが、ネット攻撃をかけようが、東シナ海を超えて中華人民共和国の軍隊を台湾に送るためには、船を使って上陸作戦を敢行しないといけません。中国の陸・海軍にはこのような本格的な戦闘を行った経験はありません。アメリカの陸・海軍の先進的な装備と、豊富な経験に裏打ちされた海・陸共同作戦の実施能力と比べると、中華人民共和国軍の経験と装備は心許ないことこの上もない。彼らが東シナ海での強行策を発動することはかなり難しいでしょう。失敗のリスクが大きすぎる。
さらに、中華人民共和国が台湾に攻勢をかける場合、北朝鮮の援助は見込めません。ロシアの海軍が来ることも考えにくい。中華人民共和国単独の作戦になるでしょう。

それに比べると、中国は朝鮮半島においては、とても豊富な戦闘経験を持っています。三国時代の魏による楽浪郡から百済への攻撃、隋と唐による高句麗遠征、明の時代の秀吉発動による戦争への対応、清朝初期の朝鮮征伐、そして2度にわたる朝鮮戦争です。歴史的に、2000年に渡りこの地での戦争を繰り返している。

そして、この地における戦争には、陸軍を主体にして発動できるという大きな利点があります。朝鮮半島において戦争が起こった場合、米国海軍の力は補助的にしか使えません。海面からの兵員や物資の輸送による戦闘補助、空母からの援護戦闘機の派遣などです。この地では、中華人民共和国の陸軍はこの米国海軍の動きを横目に見ながら、作戦を発動することができます。陸路を使って、北朝鮮経由で38度線に軍を進めることは十分に考えられます。

さらに、この戦線では朝鮮戦争の経験に鑑みると、北朝鮮の軍隊を先鋒とし、中華人民共和国軍が後衛を務め、ロシア軍の援助を受けることができます。このような外交的・戦略的環境にある朝鮮半島では、北朝鮮・中華人民共和国連合軍が戦争に踏み出すハードルは、東シナ海と比べると格段に低いだろうと考えられます。

このような朝鮮半島有事に関する言動は、僕のような素人が発言するまでもなく、専門家からの警告がすでに発せられています。
台湾有事について議論する前に、今そこにある危機、朝鮮半島有事について議論すべきでないかというのが僕の考えていることです。

では、何故日本では"台湾有事論"ばかりクローズアップされているのでしょうか?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?