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【台湾建築雑観】地中連続壁工法

台湾で建築現場の確認業務に臨んだ際、初めに処理しなくてはならなかったのが地中連続壁工法でした。この工法は台湾では地下の躯体工事として標準的に用いられているものですが、日本では一般の建築工事としてはほぼ用いられていません。そのため、この工法は台湾に来て初めて学びました。
この工法が台湾で何故好まれているのか、そして何故日本では用いられなくなったのか、この側面からも日本と台湾の建築文化の違いを感じることができると思いますので、少し詳しくこの工法のことを紹介します。

地中連続壁工法

台湾でも日本でも、地下深く掘削していく工法は難易度が高く危険も伴うので、非常に厳密に計画されるものです。掘削に先立つ山留め工法には様々なものがあります。日本でよく用いられるのは鋼製杭+横矢板工法とかソイルセメント工法などです。
台湾で用いられるこの地中連続壁工法は、山留め工法としては非常に信頼性の高いものですが、台湾では、建物本体と一体化しています。仮設工事ではなく、本体工事の一環として行われます。

工事の手順

地中連続壁工法は次の様な手順で行われます。
1. ガイドレールと土間コンクリートの施工
2. 鉄筋カゴの組み立て
3. バケット式掘削機器による掘削
4. 鉄筋カゴの吊り込み
5. コンクリート打設
6. CCPによる止水処理

詳細な説明は省略しますが、現場を見るとなかなかにダイナミックなものです。掘削機を吊り込んで上下させる様子、全長30mにもなる鉄筋カゴを垂直に立てる様子など、重機を縦横無尽に使って施工を進めます。
それに合わせて、吊り込み深さの確認、安定液の品質確認など、細かな品質確認業務もあります。工事手順と、品質管理も含めて地中連続壁工事全体が一つの工事のセットとなっており、専門の業者が請け負って工事を行います。

マサゴ掘削機

台湾でこの工事のために用いられているバケット式掘削機の多くは、現地でMasagoと呼ばれているもので、日本の真砂社の製品です。ですので、台湾でこの工事の話をすると"マサゴ"という言葉はデフォルトで使われており、それを聞いた日本人はなんだそれ?ということになるわけです。
この形式の掘削機はイコスというイタリア製のものが嚆矢で、それを改良したのが日本の真砂社の製品の様です。

計画的な特徴

台湾で普及しているこの工法には、いくつかの計画的な特徴があります。
1. 日本で山留め工法とされるものは、基本的に仮設工事です。この工法で仮設山留めを使った内側に本設の躯体工事を行うことになります。台湾では地中連続壁は建物本体工事の躯体の一部になります。例えば地中連続壁の幅が600mmあったとすると、この寸法の中に柱を埋め込んでいると見立てて構造を設計するわけです。
2. 一般的にこの工法を用いると、日本で安定地盤まで杭を設置するという意味での杭を用いません。地盤に到達する杭で建物を支えるという考えではなく、地下連続壁の壁体による摩擦で建物を支えるという考えによります。この摩擦により建物を支えるという考え方は、日本では余り多くありませんが、東南アジアや大陸中国でも採用されています。
3. 地上建物の主要部に対して地中連続壁がその外側になるため、不同沈下に対する配慮が必要になります。この配慮は昔はされていなかった様ですが、最近の構造審査では指摘され改善されています。イメージとしては樽の外周部が地中連続壁であると、その蓋の部分に重いものが載ってしまうと蓋が抜けてしまう心配があるということです。そのため外周部と蓋が一体となる様な構造的な配慮をする様、最近は求められています。

台湾でこの工法が普及している理由

この地中連続壁工法は台北では標準的な工法として行政から指定されているそうです。それほどまでにこの工法が好まれているには、いくつかの理由があります。
1. 山留めという仮設工事を省略することができます。地中連続壁工法がそのまま止水性能を期待でき、本体の構造物となるので、その外側に山留めを施工する必要がありません。
2. 敷地いっぱいに建物を建てることができます。山留めを設け、その内側に本体工事のコンクリートを打設するとなると、敷地境界からかなり内側に本体工事の施工面を設定しないといけません。地中連続壁工法では、この敷地境界からの離隔距離をかなり近くに設定できます。一般的には600mm程度見ていますが、局部的にはさらに狭くなっていても施工してしまいます。
3. そのために地下の面積を最大限に使うことができます。特に台北市内などの密集した市街地では、地下空間を最大化するにはこの工法は有効です。
4.  地盤の状況が地中連続壁工法に相応しい事もその理由の一つです。台北市の地下は巨大な泥の水瓶の様になっていて、粘土やシルトの層が地下深く60から100m程も連なっています。掘っても掘っても出てくるのは泥ばかりです。従ってこの工法で地下深くまで掘るのに何ら支障がありません。これは台南の海側の敷地でも同じ状況でした。
5. 地下空間の規模が大きい。台北で街中で大規模な建物を計画する際、地下防空壕の計画が必要になります。これは建築面積と同じ規模を求められており、地下空間を作ることが必須になります。
6. この防空壕の空間は駐車場として利用されます。そして通常1住戸あたり一台分以上の駐車場を計画しますので、地下部分の面積が大きくなるというのも理由です。普通で地下3階程度、地下4階5階といった計画案もよく見かけます。

日本では何故建築工事に用いられなくなったのか

上記の理由で台湾では多用されている地下連続壁工法ですが、日本では一般の建物の地下工法として採用されていません。この理由を考えてみます。
1. 地下連続壁工法は山留め工法の一つとしてみなされており、建築本体工事とすることが好まれません。これは地下連続壁工事部分の精度とか品質コントロールが非常に行いづらいことに理由があります。何しろ地上面から鉄筋カゴを地中に降ろし、そこにコンクリートを流し込むのです。普通地上面で行う様な品質管理手法はとれません。そのため、止水性能の高い仮設工法としては評価できても、建物本体工事とするにはリスクが高いと考えられるのです。
2. 山留め工法とするには、コストがかかりすぎます。あくまで仮設工事と考えると、もっと安価で手間のかからない工事いろいろあり、その方が好まれます。
3. 日本では安定液の廃棄が厳密で、そのままでは共用下水溝に流せません。安定液を処理して再利用しつつ、現場内で水と含有成分を分離しないと処分できないのです。

建築文化の相違

この様に台湾でと日本で、この地中連続壁工法に対する現時点での評価が大きく異なっていることが分かります。
そもそもこの工法はヨーロッパで始められ、日本でも研究開発が行われたわけです。しかし、日本でこの工法が多用されたのは今から30年も前のことであると聞いています。台北でこの工法に詳しい日本人土木技師に会ったことがありますが、彼が若い頃にはこの工事を良く行っていたと、懐かしげに話をしていました。
日本では建設工事に対する厳密さから、建物本体工事としては採用されず、主に大規模な土木工事としてのみ使われてきた地中連続壁工法ですが、台湾では、メリットとしての地下空間の有効利用、山留め工事費の削減などの理由で積極的に採用されているわけです。同じ工法に対する考え方でも、これだけ異なるわけですね。
総じて日本の建築産業は品質を追求してゆく中で、コストが高止まりしている様に感じられます。これを一般常識としてみるかどうかは意見の分かれるところですが、東アジアや東南アジアにおいて競争力を持つためには、この品質とコストの折り合いをつけなければなりません。
地中連続壁の例は、その様な検証事例の一つであると考えています。

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