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【台湾建築雑観】避難階段の規定

台湾で建築の実務をやっていると、日本と同じ様な建築法規体系の中に、いくつか日本と異なるものが含まれていることに気がつきます。
また、台湾独自に国民の事情によって定められた内容もあると思われます。特に面積や階高に関するものは、違法建築ではないにしろ、健全な住宅を供給するためには守るべきルールと台湾において定められたのでしょう。

そんな、日本には見られない法規定のうち、今回避難階段に関するルールを取り上げます。これは建築計画の際に、日本人設計者が日本の考え方で諸々の提案をしても受け入れてもらえない法的根拠になっているので、台湾で建築計画の業務に関わる場合、理解すべき内容だと考えています。

避難階段の規定(その一)

「防火扉の下枠に段差があってはならない。」

この規定は、避難をする際に、足元でつまずくことを防ぐために定められているのでしょう。具体的には、床仕上げ面から5mm以上突出してはならないというものなので、床の見切り材程度の高さにしかなりません。(地方自治体により規定は異なるようです。)

これが室内に設けられる場合、特に問題はありませんが、室内から外に出てバルコニーを経由して避難する様な場合、これは大きな問題となります。
通常、屋外に面する扉には、雨仕舞いを考えて扉の下枠に凹凸を設け、外部の床面を室内より下げて、外部の雨水が室内に入らないよう配慮するものなのですが、このような下枠に関する規定があるために、室内外の床面高さを基本的に同じにしなくてはなりません。しかし、このように設計してしまうと、扉の下枠との隙間から雨水が室内に入ってくるのを防ぐことが難しくなります。

そのため台湾でよく用いられている対策は、扉の外側に側溝を設けるという処理です。このようにして扉の足元に水が溜まるのを避け、室内への浸水が起こらないように工夫しています。

避難階段の規定(そのニ)

「防火扉の回転半径が、階段の有効幅にかかってはならない。」

この規定は、日本では厳しく管理されていませんが合理的な考え方だと思います。
実際に火災が起きて上階から多くの人が避難階段を使って降りてくることを考えた場合、階段そのものには有効幅の規定があってそれを厳密に守っていますが、その時に防火扉を開けてもこの避難階段の有効幅にぶつからない様、配慮しているわけです。
この様な規定のない日本の設計の場合、階段を歩いて避難している最中に、突然扉が開いた際これにぶつかってしまう恐れがあります。

避難階段の規定(その三)

「防火扉に鍵をつけてはならない。」

この規定は、避難階段は仮に電源が落ちても問題なく避難できる様に、一切の鍵の使用を禁止するという厳しい規定です。
これは、日本の設計の常識からするととても理不尽な規定に感じられます。この様に設計すると、建物の使用上、避難階段にセキュリティーをかけられなくなるからです。台湾では、オフィスであろうが、病院であろうが、高級住宅であろうが、各階から地上面までの避難階段を使っての動線には、一切セキュリティーをかけられなくなります。

日本であれば、電子ロックをかけて、非常時は電源が落ちても解放できる様にという様な仕様にして、避難階段についてもセキュリティーをかけるのが普通の計画です。それが台湾では、鍵を用いること自体が罷りならんという厳しい規定になっています。

これは、設計の思想として電気でコントロールするセキュリティーシステムは、いざ災害となった場合にオールダウンする可能性がある。そんな場合でも避難階段の有効性は絶対に確保するという、強い姿勢のものです。

避難階段の規定(その四)

「高層建物の避難階段は、地上部分と地下部分を連続して計画してはならない。」

この規定は、高層建築物においては、屋上から避難階までの階段と、地下部分から避難階までの部分を連続して計画してはならないというものです。そのため、避難階においては上階からの階段の出口と、下階からの階段の出口の二つを計画する必要があります。

この規定の理由は、いざ避難するとなったときに、うっかり避難階を通り過ぎてしまうことがないようにということでしょう。物理的にそのようなことが起こらないようにしています。

避難階段の規定(その五)

避難階段への附室には、出入口を1箇所しか設けてはならない。

これは避難のために附室に入った際に、複数の扉がないように、避難階段への扉に間違いなく進むようにという規定だと考えられます。動線計画上、附室に複数の入口を計画できないかと日本の設計者からよく提案がありますが、これは台湾の法規では不可です。

日本よりも厳しい台湾の避難階段の規定

上記の様に台湾では避難階段を設計するに際し、日本よりも厳しい規定がいくつもあります。そして、それには合理的な理由があります。
しかし、この様な規定が定まるためには、この規定がない場合の避難上の不具合の事例が経験されていなくてはなりません。例えば、避難階段の防火扉の足元はフラットに作らないといけないという規定があるからには、足元に凹凸を使っていたがために、避難に問題が起こった事例があったはずです。
しかし、台湾で高層建物に大規模な火事が起こったというニュースは聞いたことがなく、火災による大規模な事故は低層の建物であるとか、地下室においてのみ起こっていると聞いています。

その様なことから、この規定はアメリカの法規を参考に定められているのではないかと考えています。アメリカであれば、高層オフィスビルやマンションを100年を超えて建設してきており、その経験からこの様な避難階段に関する規定を定めていることは想像できます。
台湾は、中華民国の時代になってからアメリカナイズされた建築の文化を様々に学んでいます。その際にアメリカの法規を学び、その中からこれらの規定を自国の規定として採用したのではないでしょうか。

この件に関してはアメリカの建築法規にあたって調べることまではしていません。ですので、単なる推測でしかありません。
事実としてこの様な建築設計に関する規定があるとだけ理解しておいてください。

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