飲み会を断ることで素敵な世界を創る理論
前にも書いたことがあると思うが、僕は2次会が嫌いだ。
2次会が行われそうになる度にいつも悩ませられる。「今回はどのように帰ろうか」と。
僕は今まである2つの技を駆使して2次会へのお誘いをさばいてきた。その名も「フェードアウト」と「強行突破」だ。
1つ目の「フェードアウト」とは2次会に行く人と行かない人に分かれたとき、行くと言いつつも行かない人に紛れて帰るという成功率50%の技だ。
後日、後腐れがないように「はぐれた」「見失った」などの言い訳をすればまず問題はない。
2つ目の「強行突破」とは文字通り誘いを断固拒否する成功率100%の大技だ。自由な時間という幸せを確実に手にすることができるが、反動として周りから冷たい目や白い目で見られるという痛手を負う、ハイリスク・ハイリターンの技である。
様々な2次会の誘いから僕が断ってこれたのはこの二つの技を多用、乱用、悪用、併用してきた結果だと思っている。
しかし、これら2つの技にはある共通の弱点が存在する。自分が最高学年または年長者の場合だ。
「フェードアウト」を使用すると、先輩思いのある後輩が心配して電話をかけてきたりいつまでも待っていたりと迷惑極まりない奇行な振る舞いをするのだ。善意からの行動と思うとさすがに後味が悪い。
「強行突破」を使用すると後輩から慕われなくなり、そのコミュニティの人間関係が悪くなる。そのためその場合は、今流行りの自主規制を取らざるを得ないと思っている。
私の持論だがよい社会を作るには先輩よりも後輩を大事にすべきだと思う。先輩を大事にし過ぎると権力にあぐらをかく勘違い野郎が湧いてくるからだ。
その問題を抱えつつも、今年度から私は大学の研究室で最高学年となってしまったのだ。
ーある打ち上げ後、案の定2次会へ誘われた。もちろん、2つの技しかもたない私は全身の毛穴という毛穴から帰りたいオーラを出しながら2次会へ向かった。
そこで思った、「今年の一年間は2次会に参加し続けなければいけないのではないか」と。
そしてその恐れからアイデアというアイデアを絞り出し究極の打開策を考えた。脳内シミュレーション上100%帰ることのできる理屈、いや理論を編み出してしまったのだ。
それが「人類みな兄弟理論」だ。
「人類みな兄弟」、この言葉を一度は聞いたことあるのではないだろうか。
人間は先祖をさかのぼっていくとある一つの生命にたどり着く。つまり,生まれたところや皮膚や目の色が違っていたとしてもみんな同じ血が通っている兄弟であるという意味だ。
そして、この言葉は人と人との距離を瞬く間に縮める際に、パリピ(パーリーピ―ポー)によく使われている。(今では死語かもしれないが・・・)
僕が提唱する理論はこのパリピにあやかり、自分も「人類みな兄弟」と主張しようというものだ。
ここで一度考えてみてほしい。「人類みな兄弟」、つまり北極から南極、古今東西全ての人が兄弟だということがどういうことなのかを。
世界では今日も兄弟が何十万人亡くなられている。
そんな中、飲み会などしていてもいいのだろうか。
この理論の提唱者は喪に付すべきだと思う。
この状況で飲みに行こうなどと誘ってくる人がいれば、そいつは人ではなく悪魔に違いない。
この理論を使用すれば、おそらく今後2次会に行くこともなくなるだろう。なぜなら365日が喪中なのだから。
そして、この理論は使用した全ての2次会嫌いの人々を救い、全ての兄弟に祈る素敵な世界を創る理論だと僕は思う。
また、「人類みな兄弟理論」を論文として出すところに出せばノーベル平和賞も黙っていないのではないだろうか。
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