犯した罪を自覚してなお罰から逃れたいと思うもの
蕾状に立ちのぼる火柱。数百メートル先の窓すら震わせる衝撃。逃げ惑う職員。パトカーと救急車のサイレンが辺り一帯にこだまする。速報のテロップ。スマートフォンの通知音。号外を配る新聞社。その瞬間から、世間の視線は狙われたテレビ局に釘付けになった。わたしはその一連の動きを映画を観るように眺めていた。
別にテレビ局を狙ったわけではない。わたしのちょっとした好奇心と冒険心が思わぬ結果を招いてしまっただけだ。
事故として処理してくれないかなと願った。これは不幸な事故で、今後の管理体制についてテレビ局の社長が会見したりして。日本の科学技術は凄いと聞くけれど具体的に何ができるか知らないことが恐怖だった。爆風ですべて吹き飛んでしまってもなおわたしが混入した異物に気付けるものなのだろうか。どうやって?そうはいってもわたしは素人だ。わたしの目には見えないものをプロは見ることができる。
今のところ普段と変わらない日常生活を送れていた。捜査線上にわたしの姿は浮かび上がっていないようだ。毎日つけている日記を読み返す。冒険の記録は残していない。もちろん何も持ち帰ってきていない。この部屋のどこにもわたしがあの場所に行ったという証拠はない。
防犯カメラはどうだろうか。建物の中に仕掛けられている気配はなかった。今は町中のいたるところにカメラが仕掛けられている場所もあるという。だとしたらわたしがあの場所に出入りしたことを記録されていたらまずい。でも冒険から事件まで日が空いているのにそう都合よく見つけられるものだろうか。仮に見つけられていたとしたらわたしは今こんな風に部屋でくつろいではいられないはずだ。いや、相手はプロだ。とっくの昔に見つけて尻尾を出すのを今か今かと待ち構えているのかもしれない。
それからも変わらぬ日常が続いた。あることないことを面白おかしく書き立てる週刊誌を眺めながらふと気になる記事を見つけた。犯人像、30代から40代の男。どうやら警察はあたりをつけたようだ。その男がわたしの代わりに罪を被ってくれたらいいと思った。でも彼が潔白であることを他でもないわたしが一番よく知っている。潔白の人間が罪を認めるはずがない。認めたとしても証拠は彼の犯行であると語らないだろう。寒気がした。平穏な日常が空恐ろしかった。
日が経つにつれてじわじわと追い詰められていく。もし目の前に警察官が現れて同行を求められたらどうしようか。突然逮捕状を引っ提げて現れるかもしれない。今のうちに行方をくらました方が安全だろうか。でも泳がされているのだとしたら逃げるそぶりを見せた瞬間に捕まるだろう。捜査線上にいないのであれば逃げることでかえって目をつけられてしまう。どこに行くにも八方塞がりの気がした。
もしも捕まってしまったら素直に罪を認めるべきなのだろうか。認めてしまったらその瞬間にジ・エンド。前科一犯。しかも相当重い罪だ。まっとうに生きてきたわたしが犯罪者?犯罪者なんてわたしとは別の人種だと思っていた。わたしがそうなるかもしれないだなんて現実のことに思えなかった。あくまで潔白を貫くべきか。防犯カメラの映像はわたしではありません。わたしはそんな場所に出入りしたことはありません。でも相手はプロだ。ごまかしとおせると思えない。塀の中の暮らしはどんなものだろうか。家族は面会に来てくれるだろうか。それとももう見限られてしまうのだろうか。新聞やテレビやネットニュースで全国にわたしの名前が拡散される。そんなことが現実であっていいのだろうか。昔の友達は何て思う?職場の人は?刑を終えた後に雇ってくれるところなんて見つかるのだろうか。家はどうする?犯罪者は名前を変えるというけれど名前なんてどうやって変えるのだろうか。この先どうやって生きていけばいいのか見当もつかなかった。
わたしは祈りながらこの嘘みたいな日常をあたかも本物のように維持していくほかになかった。直面しているすべてのことはわたしが招いた現実だと自覚していてもなおその結果から逃れたいと願った。この世界の何もかもが白々しく思えた。それでも生きていくしか方法がない。わたしは今日も心を蝕む恐怖を押し殺して作り物めいた笑顔を貼りつけて生きている。