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コブシの花は美しく咲きボテッと落ちる

札幌はいまコブシの花が満開です。もっとも我が心の標本木は、円山西町2丁目の停留所でバスを降り、マンションまでだらだらと続く坂を下る途中にある1本のみ。なので、これをして「札幌のコブシはいまが盛り」と言えるのかどうか。ただ、毎年、心の底から札幌に春が来たと思えるのは、近所の円山公園に一斉に咲き誇る種々のサクラにも増して、この「だらだら坂のコブシ」ただ1本の満開を見てのことなのでした。

10日前のコブシ
昨日のコブシ


思えば、コロナ禍のこの3年は、僕にとって緑内障手術後の恢復期の3年とぴったり符合しています。何事も見えづらいことに慣れない上に、大学の授業も教授会も外部会議までもがほぼほぼオンラインとなってみれば、春ごとに美しく大きな花をつける、この他所ん家のコブシほど確かな季節感、存在感はありません。

コブシとモクレンとは厳密には違う樹木でありながら、いずれも大きくはモクレン属。いずれも英語で「モクレン」を意味するマグノリア(magnolia)という言葉で包摂可能かと。

「マグノリアベーカリー」は、一世を風靡したニューヨークのカップケーキ屋ですが、分かりやすいアメリカンな甘さはさておき、個人的にはそのネーミングがたまらなく好きです。「マグノリアベーカリーのカップケーキ」はテレビドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」で大化けを果たしたのですが、そのまさに最盛期を僕はちょうどマンハッタンに暮らしました。ただ、ウエストビレッジのブリーカーストリートにあったお店がその1号店であることは、帰国後、だいぶあとになって知りました。言われてみれば「1号店」の店先にあったシンボルツリーは確かにモクレンだったような。コブシをも含むモンレン科モクレン属の花々には、美しさと併せて強運を引き寄せる縁起の良さをも兼ね備えているのやも知れません。

と、ここまでしたり顔で書いてきて、一つだけどうしても気になるのは、「コブシ」と決め込んで載せてきた写真が、実はモクレンだったりはしないのかということ。

そういえば、いつだったかTBSの安住紳一郎さんがラジオで「モクレンが好きだ」と突如切り出され、流れで「特に白いモクレン、ハクモクレンがたまらなく好きだ」とのたまったのであります。ハクモクレンともなると、僕にはもはやコブシと峻別するのは無理筋というもの。そこで、ここでは「だらだら坂のコブシともハクモクレンともしれない、ただただうっとりするほど美しい白い花をつける樹木が好きだ」と保険を掛けさせていただければ何よりです。

あるいは、ただ、その花の散り方にこそ、コブシかハクモクレンかを見分けるヒントがあるのやもしれません。「だらだら坂のその花」は、十分に咲いたらはらはらと花びらを散らすのではなく、気がつけばある日、ある時を境に、白い花弁のかたまりとして——ワンセットで——ボテッと地面に落ちるのであります。それは、見ようによっては寒々とした風景に違いないのですが、ある面小気味良いというか、潔いというか、他にはなかなか真似できない散り際、生き様であります。

短絡的に人の生き様に重ね合わせてみることは——いわば擬人化は——厳に慎みたいとは思うものの、少なくとも僕はその見事な散り方にこの上ないシンパシーを覚えるのであります。

コブシ、ハクモクレン、マグノリア……そのまごうことなきぴったりの呼称は依然杳として知れませんが、いまが盛りのその大きな、大きな白い花が、まだ見えることの喜びを祝福してくれている、そんな密やかな楽しみ方で今年もこの春を謳歌しています。


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