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ジブリ美術館の定員はなぜ2千4百人なのか

先の火曜日(6月18日)、北海道大学公共政策大学院で持っているNPO(非営利組織)経営論の授業に、三鷹の森ジブリ美術館(東京・三鷹市)の中島清文館主に特別ゲストとしてZoomでご参加いただいた。

北大の授業風景


学生の一人の、

「ジブリ美術館はチケットの販売枚数をきちんと管理し、1日の入場者数の上限を2400人としているとのこと。でも、収入のことを考えたら、もう少し多めに売って儲ける、という考え方もあるのでは?」

という質問に対して、中島さんの回答は次のようなものだった。

「(館内でジブリの短編作品を上映する)映画館のキャパが1回100人程度。これを1時間に3回、8時間で24回上映できるとすると2400人が1日の上限となる。元々はこの数字をそのまま美術館自体の定員としてスタートしました」

もっとも、「快適な館内環境」を考慮して、現在は、1日の入場者数を2千人程度に抑えているのだとか。中島さんは、続けて、

「非営利団体(としてのジブリ美術館)はお金を稼ぐことが目的ではない、何にお金を使うかがテーマ。「使うお金」に仮に1年で7億円必要なら、次に、ではその7億円をどのように資金調達しようか、となる。営利企業とは発想が真逆なのです」

とおっしゃった。

4月にスタートした今年度のこの授業も残すはあと数回だが、このときほど学生たちが「なるほど、腑に落ちた」といった表情を見せたことはなかった。僕自身、非営利組織経営の現場の実感に裏打ちされた中島さんの説明の的確さに舌を巻いた。

「定員」のことをいえば、ところで、2000年前後に、北海道上川郡朝日町に朝日町サンライズホールという多目的ホールを調査で訪問したことが思い起こされる。

朝日町は、その後、2005年の合併で士別市の一部となったが、ホール自体は名称を「あさひサンライズホール」と僅かに化粧直ししただけで存続が決定。今日に至っている。

人口2千人足らずの朝日町時代から、演出家の串田和美さん主宰による町民のための演劇ワークショップを連続開催するなど、意欲的な自主事業で道内外から高い評価を得ていたのである。

常にその中心にいて、ホール運営を実質一人で切り盛りしていらしたのが漢(はた)幸雄さんという、当時、教育委員会のご担当。ラフなGパン姿に無精髭という公務員らしからぬ出で立ちがトレードマークの漢さんだが、その実、ハコモノと揶揄されることの多かった「文化ホール」のあらゆる可能性を掘り起こさんとするスーパー公務員であった。

で、その漢さんから直接伺った、「定員2名」という朝日町サンライズホール名物の特別企画のことを、あれから四半世紀経ったいまもふと思い出しては笑ってしまう。

その企画力や実行力もさることながら、漢さん、ホール備品のマイクやスピーカーなどの選定にも一家訓お持ちの凝り性でもあった。自慢の音響システムを駆使した、持ち込みレコードを鳴らしての「記念日レコードコンサート」を町民のために時折開催するのだとか。

この記念日コンサート、ホール定員300名のところ、スピーカーのベストな音の位相からすると参加できるのはたったの2人。しかも、「音の位相」のことをさらに突き詰めると、恋人同士であれ、老夫婦であれ、仲良く肩を並べて隣りに座るのは(漢さん的には)御法度。無粋にも前後2列、縦に並んで座ることを強要されるという。

「お願い……隣りにいさせて!」

と懇願でもすれば違ってくるのか。いや、あの頑固な、それでいてどこか無私、無欲な漢さんのこと、問答無用で「前後2列!」を厳命されるのだろう。当惑する「カップル」のことを想像するだけで、頬の筋肉が緩む。

ここにも、儲けるためではない、「何を売るか」、あるいは「何が売りか」の定員問題が厳然と存在していて興味深い。

美術館も文化ホールも多くの場合、所与のものとして空気のように知らず知らずのうちに街に溶け込み、意識下にもぐり込んでいる。ただ、ひとたびその「空気」がよどんだり、なくなったりすれば、途端に息苦しくなるのだ。息苦しくなってはじめて美術館や文化ホールがそこから忽然と消えていては手遅れ。ふだんから不断に使い倒そう。

三鷹の森ジブリ美術館通り(吉祥寺通り)に住まう僕は、せいぜいアジアやヨーロッパからのお客さんの行列に臆することなく、また、久しぶりに「美術館の中の人」になろう。いま、まさに「君たちはどう生きるか」展をやってもいるのだから。




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