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家具ガチャ・コーヒーテーブルとお別れ

断捨離の一環として、家財道具を極限まで減らすプロジェクトの最終段階にある。

コロナの巣篭もりの3年もあってか、我が家にはもはや必要ない家具なんぞ存在しないのではないか。それが、次の段階として「なくてもなんとかやってけるんなら必要なものでも捨てる」の局面を迎えている。

例えて言うならば、台所にフライパンが3つあったとして、内、お気に入り1つを残して2つは捨てよう、というのがこれまでの段階。いまや、食生活や料理法そのものを見直せば最後の1つもないならないでもイケるんじゃないか、という段階である。

いや、正直、フライパンの1つや2つあってもどうということはないのだが、これが、バルキーな家具や家電の類いとなると話はまったく別。持てる不動産の流動性、すなわち、換金性を上げるには、常在戦場ならぬ、常在展示場の心持ちでいることが大切だ、と自分に言い聞かせている。

ここで言う「常在展示場」とは、我が家をいわば家やマンションのモデルハウスやモデルルームと見まごうほど、日頃から可能な限り生活臭を払拭することに努め、結果、いつでも購入検討者の内覧に応じられるようにしておこうと言うもの。当面、売り出す予定はないのだが、気持ちの上ではいつなんどき誰に明け渡すことになろうとも、掃除機だけかけて、涼しい顔で鍵束だけポンと手渡したい。そんな日が来るかどうかは別として、そんな不断の心がけが精神の自由を担保してくれると信じて疑わない。

ところで、僕は2000年に、生まれてはじめて住宅ローンを組み、分譲マンションなるものを買ったのだが、その物件こそは、何を隠そう「モデルルーム」であった。

建設会社のM不動産と、その販売子会社のM不動産販売は、11階建・全44戸の当該マンションを分譲するにあたって、タイプの異なるいくつかの部屋だけは他に先行して内装まで仕上げ、家具や家電なども一式揃えてモデルルーム——いわゆる「棟内モデルルーム」——としたのだった。

購入物件自体にはまったくもって不満なし。良い買い物ができた、と疾うの昔に売却したにも拘らず、懐かしく思い起こすことがよくある。ただ、モデルルームであるがゆえの「特典」として自動的に付いてきた家具・家電の類いは、結果としてどれひとつとて好きにはなれなかったのだ。いわば家具ガチャ/家電ガチャとでも言うべきそれら付帯備品一式は、何年かかかけてほぼ総取っ替えしてしまった。「常在展示場」を旨とするとはいえ、我が家であることには変わりない。少数精鋭だからこそ、モノや、モノにまつわるコトには拘りたい。

ということで、モデルルームが出自の、当時の我が家の備品家具は、何回か引っ越しを繰り返すうちに一掃されてしまったのであるが、なんと最後に残ったモデルルーム由来の一品を明日の朝、粗大ゴミに出す運びとなった。それが、直径70センチの、重い円形の強化ガラスを天板にいただくコーヒーテーブルである。


結果的には、好きでも嫌いでもないという無関心が幸いしてか、今日の今日まで残った恰好である。

その存在感のなさゆえか、僕も一回蹴躓いて、しこたま脛を打ったことがあるのだが、先日などは、遊びに来ていた友人夫婦の夫の方が、同じく蹴躓き、前のめりに倒れ込んだ挙句に、天板を吹き飛ばした。友人は脛を打撲し、手首を捻挫までしたが、耐熱強化ガラスのその天板はびくともしなかったではないか。このことのひとつの「制裁」として粗大ゴミ化を決心したのでもなんでもないが、役所に電話して粗大ゴミ用の番号を貰うことを実行に移すきっかけにはなった。有料シール用番号4186。収集は半月ほど先と踏んでいたが、次の木曜日、すなわち明日の朝と聞かされて少しだけ動揺している。

思えば、彼女はルンバの天敵だった。幾多の障害物を乗り越えて、ここまで調子良くゴミを吸い込んできたかに思えるお掃除ロボットも、なぜかそのアイアン製のテーブル脚からは自力では二度と脱出不能に陥ってしまうのであった。結果、ゲームオーバー音が鳴り響くと、ぱたりと動きを止めてしまう。ルンバ環境のためにも、そろそろ潮時かとは思っていた。

思えば、彼女は僕にとって、就寝前の疲れを癒してくれるオットマンでもあった。もちろん、専用の足乗せ台に比すれば硬いし、冷たいし。しかも、亡くなった母の「テーブルに足を乗せちゃダメ!」の小言が聞こえてきそうだし……。ただ、その若干の背徳感を押してもなお、ソファで寝入りたい衝動に駆られる夜もある。そんなとき、彼女は「私で良かったら、どうぞ」と僕に囁くのだった。

家具ガチャで我が家のコーヒーテーブルとなって23年。いまなら電話1本でまだ引き返せるぞ、と自分に言い聞かせつつも、それでも引き返すことはないのだろう。

断捨離を唱えた先達の言葉のセンスには脱帽するが、ひとたび絡めとられるとなかなか脱し難いパワーワードではあるなあ。コーヒーテーブルさんとお別れしたら、断捨離も少し休もう。家具ガチャ・コーヒーテーブルのオットマンはもうないのだろうけど。





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