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好きすぎて困るあの絵をお迎えする5つの方法

引っ越すたびに、トイレの便器に座った姿勢で、ちょうど正面に見据える位置に必ず掛ける額装の絵があります。

1988年の初冬、カナダ・トロントのとある公園のアート市でお迎えして以来、ニューヨーク、東京、札幌……と一緒に移動し、いまは東京のマンションのトイレの壁に掛けてあるのですが、これまでどれだけ多くの回数、眺めてきたことでしょう。運気の出ない日も、ウンコの出ない日も(失礼……)その絵はいつもそこにあって、なぜか僕を笑顔にしてくれるのでした。

この2枚、実は連作になっていまして、一方の題名が、

If Cows Could Fly

If Cows Could Fly

「もしも牛が空を飛べたなら」とでも訳すのでしょうか。まあ、だいたいそんな感じと理解しています。で、もう一方、これがなかなかに難解です。

Pasture Eyes

Pasture Eyes

文字通り訳せば「牧草地のまなざし」? これだけではまったく意味をなしませんが、英語ネイティブの友人の誰か彼かがうちに遊びに来るたび、

「あれ、なかなか、シャレオツだね」

と言いながらトイレから出てくるわけです、手も洗わずに。

彼らによれば、pasture eyesが、発音的にはpasturizeを想起させ、これには(牛乳などを)「低温殺菌する」という意味があり、牧草地の牛さんたちとは二重の意味でぴったりだ、というものです。さしずめ英語バージョンのねづっち的なおかしみがあるのでしょう(知らんけど)。

もちろん、そんな題名とは知らずに、2枚1組1万円かそこらでお迎えしたリトグラフですが、実は、自分で買った絵画の第1号という意味でも、また、やがて明けて1月に生まれることとなる、妻のお腹の長男を待ち侘びながらの旅行先で買ったという意味でも、なにかと思い出深い作品です。

ここで強調したいのは、たかだか1万円の買い物が、結果、34、5年もの長きに渡って、我が家のトイレの憩いとなってくれている、という事実。これはもう、たった1万円で何度もお釣りを貰った感覚です。

世間では——特に、若い人たちの間で——アートを投資や投機の対象と見做すトレンドがあるやに聞いています。いやいや、あり余る手もと資金があるんならお好きにどうぞ。でも、30数年前の僕のように、わずか「1万円」のアートな出費をなすにも、公園中を行きつ戻りつしながら、何時間も悩んだ挙句、やっと購入を決めるに至るような、財布ならびに胆力に乏しい人々にこそ、アートを我が家にお迎えする楽しみを味わって欲しいものだ、と心から願うものですから、ここにランキング形式で、その「5つの方法」をこっそり伝授しようと思います。

第5位: 掛ける壁がイメージできるか

まずは、自分の家やアパートのどの壁に掛けるんだ、と自問自答しましょう。コレクターならいざ知らず、ふつうは持ち帰るなり部屋のどこかに飾るわけです。掛けるべき壁のタテ・ヨコ比は大丈夫か、他のインテリアとも相性は良さげか、その絵がやって来ることで生活に変化……いや、変革は起きるのか、そんなことを考えるだけでも買う、買わないの尺度になりますし、第一、ワクワクしますよね。で、いっそ、絵に合わせてインテリアを一新してみたり、あるいは、壁をDIYですっかり塗り変えてしまったりすることも。特に、後者の「にわかペンキ職人」は僕はわりと好きですし、得意です。

買った絵に合わせて壁を塗る、の巻


第4位: 月賦払いもコミュニケーションのうち

そもそも僕の場合は、作家さんとの相対(あいたい)取引が原則。仲介手数料がのっかる画廊や画商からは、基本、買いませんし、デパートでは買えません。作品に惚れたら、作家さんに面と向かって思いの丈を伝えれば、直接取引なわけですから「画廊」や「画商」のコミッション分、すなわち値札の3割、4割ごっそりと引いてくれることも。さらに僕の場合は、大きな作品については月々2万とか3万とかの月賦払いもままやってきました。もっとも、「月賦」の前提となるのは、どれだけ信頼関係をあらかじめ築けているか、ですよね。大きな号数の作品は、値段が張るだけでなく、(前述の)「掛ける壁」問題もあってか、なかなか売れにくい傾向にありますから、月賦払いでも……に持ち込めるケースも少なくないはず。「月賦」の一番のメリットは、ところで、毎月の振込やその確認を通じて、作家と不断に繋がれるかもしれないこと。「負債」は、少なくとも完済までは関係性を持続する恰好の理由にもなり得るということ。これは、なかなかの特権です。

第3位: 額装はケチるな

買った絵をそのまま画鋲でとめたり、キャンバスのフレームに直接紐をつけて壁に掛ける人はそうそういません。あらかじめ額に入ってでも来ない限り、額装はマストですし、実は、額装には作家から創作活動を引き継ぐという大変光栄な一面も。遠くない将来、いずれ腕の良い、馴染みの額縁屋さんに出会えるといいですね。ただし、「額装」はとかく意外と値が張るもの。例えば、先の「もしも牛が—」の絵の場合、作品本体が1万なのに対して、額装代は3万くらいはしたと記憶します。しかも、30年近くも前の話です。額縁屋さんも、ちゃんとしたところは職人の気概を持っています。価格交渉の余地はほぼないかも知れませんが、正当な値段感覚というものは自ずとついて来ます。

第2位: 美術館には定期・不定期に足を運ぼう

もちろん、美術館で直接絵は買えません。しかし、そこには「絵を買う」ための沢山のヒントが詰まっています。例えば、大好きなあの作家の作品のために、所蔵する美術館がどんな額縁を選んだのかは、美術雑誌やネットではなかなか分からず、現地(=美術館)に足を運ぶしかありません。アマチュア作家の個展やグループ展を偶然やっていたような場合、作家本人と「相対」で作品を買えるチャンスも少なくありません(実際、そうして僕も買いました!)。

メトロポリタン美術館のエドワード・ホッパーは重厚な感じの額装
ホイットニー美術館のエドワード・ホッパーはわりとあっさりした額装

第1位: 「好き過ぎて困る」が絶対条件

絵を買うことの中心には、なんといっても「この絵、なんか気になる」「好きすぎて困る」がありますし、なくてはなかなか前には進めません。それは、恋愛から結婚に至るプロセスにも似ています。「なんか気になる」が「好きすぎて困る」に転じたとき、人はあらゆる方策を講じようと必死になります(相対取引? 月賦払い?)。ひとたび手に入れたあとは、(「額装」にお金をかけるかどうかは別にしても)、それはそこにあるもので、例えて言えば、水や空気のような存在、という段階は早晩やって来るわけです。しかしながら、いつも根底には、「なんか気になる」「好きすぎて困る」の感情が脈々と流れていることに、(いつもではないけれど)折に触れ気づくことでしょう。

アートを我が家にお迎えすることに焦りを感じる必要はありません。ただ、出会いは必ずや向こうからやって来るものです。そのときのために、ほんの一文だけでも参考になれば。グッド・ラック!





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