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持病も個性のうち

先の週末をニューヨークから2ヶ月の予定で日本に滞在している友人の研究者ジムとその日本人の奥さんマリコさん、それに僕ら夫婦の4人で過ごしました。土曜日の午後は近所の美術館に出かけ、その後、最近テレビやネットでもちょくちょく採り上げられる街中華で少し早めの夕食をとりましたが、それ以外の時間はほぼずっと家にいて、食卓の丸テーブルを囲んで一日中お喋りでした。

コロナもあって、実に4、5年ぶりの再会でしたが、前回の日本滞在で泊まってもらった北海道・伊達市の家はもう人手に渡っています。当時はまだ自慢の2シーター・ボクスターもバリバリの現役で伊達にありましたから、旧い英国車のレストアが趣味のジムを助手席に乗せて幌全開で洞爺湖畔の小径をぐるっと一周したりもしました。

「やっぱりクルマはマニュアルトランスミッションに限るね」

と大声のジム。

「そうとアタマでは分かっていても、これまで取っ替え引っ替えしてきたのはオートマばかり。学生のころ乗ったオンボロ中古車のトヨタとこのポルシェだけが例外なだけ。僕のクルマ人生はマニュアル車に始まりマニュアル車に終わるわけだ」

とさらに大声で返す僕。その時は、あまり深く考えもせず、少しカッコをつけてそう英語で言ってみたまでですが、結果は、3年前に緑内障の手術をしたこともあってボクスターは次の車検を待たず買った中古屋さんに「返納」することに。他方で、運転免許証の方はお上に返納するのも癪ですから、引き出しの中にしまって失効するがままに任せました。

つまりは、僕のクルマ人生、自己予言の通りに「マニュアル車に始まりマニュアル車に終わった」ことになります。言霊(ことだま)ってあるんだろうと思います。本当に不思議です。

さて、丸テーブルを囲みながらコロナのこと、ChatGPTのこと、「なぜアメリカの売れてるコメディアンがけっこうな割合でユダヤ人であるか」などについて4人で口角泡を飛ばしながら、ふと思ったのです。

「これと同じことを4、5年前にも伊達の家の丸テーブルでやったけど、あのときは僕の目はまだクリアカットに見えていたし、クルマもバリバリ運転できた。ジムもマリコさんも、僕がなにも変わってない、と思っているだろうけど、実はさっきだって、ジムが見せてくれたビリー・クリスタル*の画像、遠過ぎてよく分からなかったなんて、思いもしなかっただろうな」

*アメリカの著名なコメディアンで喜劇俳優

推測の域を出ないのですが、僕は2人よりも10歳は若いわけです。なのに、ジムが平然と訊いてくるわけです。

「ヒロ、インパクトドライバー**なんか買ったんだ。今度はなにを始めるの?」

**電動のドライバー(ネジ回し)

え……ジムは、3メートルは離れているだろうチェストの上に無造作に置かれた新品の工具の外箱を見て、それがそれだとわかるんだ……。なんだか暗澹たる心持ちにもなりますが、幸か不幸か2人はそんなこと、これっぽっちも知りません。人は目の前の他人のこと、見えてるようでぜんぜん見えていないものなのです。

さて、丸テーブルの話題はいつの間にか、日米の職場のフリンジベネフィト***や医療保険制度の違いについて。

***従業員に対する給料以外の付加的な給付やサービスのことで、具体的には、家賃補助や福利厚生など

例えば、ジムが勤めていたコロンビア大学では従業員の子弟の大学の学費を——例え、それがコロンビア大であってもなくても——半額補助する制度があって、これが娘さんのとき大いに助かった、とジム。続けて、マリコさんが教えてくれました。アメリカの健康保険制度は日本のように国民皆保険ではないので不公平かつ(民間の保険を買ったりで)概して高額だけれど、幸運にも、私たちの場合はメディケア****と民間の保険の合わせ技でとっても助かってるのよ、と。

****高齢者に対する政府管掌の健康保険制度

「だってね、この眼鏡だって年に一本、百%保険から費用が出るしね、新しいの必要でも必要じゃなくても(笑)。あと私、ちょっと前から耳が聞こえにくくなって補聴器使ってるけど、これにも制度から補助金が出てるのよ」

今回、マリコさんに再会したときから、そのジョン・レノンばりの丸眼鏡が素敵だな、似合ってるな、とずっと思っていたのですが、最近の補聴器は精密・小型の上に、こっちの目が悪いこともあって、言われるまで気づきもしませんでした。

あとで聞けば、ジムはジムで子どもの頃からひどい頭痛持ちだというではないですか。

ある一定の年齢以上になると、いわば持病も個性のうち。お互いスルーしてやり過ごすもよし、敢えてその病気ならではの失敗談を申告し合って笑い飛ばすもよし。その態度、対応は色々です。

日曜日の午後、まだ日が沈まないうちに2人を最寄のバス停までお見送り。バスを待つ間、お互いがお互いのスマホで記念写真の撮りっこをしました。いよいよバスが来た、となったら、そこは日本式に「ハグなし」で別れましたが、次に東京で、ニューヨークで再会するときに備えて、せいぜいひとつでも多くの持病の失敗エピソードを溜めておきたいと思います。マリコさん、ジム、その日まで、どうかお元気で!

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