下手の文章術:その1
●真夜中のラブレターを書かないために
今でこそあちこちに書かせていただいているが、そもそも書くのが嫌いで、しかも上手くない。書くのはもう止めたいが、これ以外に食う手段がないから仕方ない。
下手が上手く見せるには、推敲をするしかない。つまり、できるだけ書き直すのである。目的は「真夜中のラブレター」を、多少でもまともにすること。勢いで書いたものは面白いが、たいていは人に読んでもらえるレベルにないどころか、人を怒らせる場合も少なくない。
推敲とは、書き直しとは、面白さを殺さない程度に文章の正確さ、つまり、正しく伝わる可能性を増していく作業である。ラブレターに例えるなら、相手を怒らせず、気味悪がられず、好感を持ってもらうこと、になる。
なお、この文章術は職業として大量に文章を書く人向けのものである。小説家を目指している人、自己表現として書くことを選んだ人用ではない。
●直しようのない文章2種類
もっとも、そもそも直しようがない文章もある。これはいくら手を入れても良くならないのでボツとなる。条件は以下の通り。
・取材、裏付けが足りないもの
・不慣れな人のエッセイ
取材や裏付けの足りないものは、素材としての力が弱い。そのためいじるほど弱くなる。結果、素材としての弱さを補うために形容詞や副詞などが増えて、読みづらくなっていく。また、不慣れな人はエッセイを極力書かない方がいい。中には面白いものもあるが、無名な書き手の雑文が、人に読んでもらえるかは疑わしい。明確なテーマ、メッセージを持たない場合はなおさらだ。
では、どうするか。
・取材、裏付けが足りないものは補う
・不慣れな人がエッセイを書く場合、明確なテーマ、メッセージを持つか、ない場合は視点を変える
の2点となる。表現を変えればエッセイは面白くなる、という意見も聞くが、上手い人以外はやるべきでない。気取った表現、風変わりな表現は、普段から当たり前に使っている人だけが、読み手の誤解を招かずに使いこなせる。三島由紀夫や太宰治の真似は、やろうと思ってできるものではない。
●文章の書き方、その大原則
文章の正しい書き方はないが、正しい文章は存在する。自分の思ったことを正確に伝えられるのが、正しい文章である。そのため、以下の4点に気を付けること。
・人を殺さないこと
言葉で人を殺すのは容易である。しかし、多くの人はそれに気づかない。普段使わない感情表現を文章に盛り込まないこと。
・読み手をイメージすること
読み手の顔が見えないと文章は独りよがりになる。独りよがりでもよいが、伝わらなければ意味がない。多くのエッセイが面白くない理由である。
・読み手に誤解を与えないこと、読み手からの誤解を招かないこと
正しく伝えるとは、誤解を与えない、招かないことである。しかし、誤解されずに伝えることはかなり難しい。
・読み手を怒らせないこと
怒らせることが狙いなら問題ない。しかし、読み手が怒る文章は、その大半が書き手の努力不足による。
なお、文章は量が多いほど直しやすくなる。材料として考えるなら、まずは思ったままを書き、まとまらないぐらいがちょうどいい。
●文章の直し方、その大原則
思ったままに文章を書くと、情報が足りず、一方で感情が多くなりがちだ。したがって、推敲は感情をそぎ落とす、コントロールする作業が中心になる。
・文章をブロックにまとめる→起承転結に従ってブロックを並べ替える→誤解を招く表現、重複する表現を直す→冗長な表現、過剰な表現を直す→用語などを直す→文章をまたブロックにまとめる→(以下繰り返し
冗長な表現、過剰な表現は、料理のアクに似ている。多いと食べてもらえないどころか、人を怒らせる場合もある。しかし、取り過ぎると味わいが減る。読み手の気に障らない程度にアクをコントロールしたものが、その人らしい文章と言えそうだ。もっとも、上手い書き手の中には、高純度の文章を味とした人もいる。
●文章の書き方、直し方のTips
Tipsは以下の通りである。
・ネットの情報はあまり参考にしないこと。あたる場合は複数のソースを調べること。ニュースの場合は公式サイトを見ること
・事実と感想、確定した情報と推測を分けて書くこと
・文末にできるだけ変化を付けること。「だ」「である」と「ですます」は、意図した場合以外、絶対に混在させないこと
・「の」「は」「を」などは連続して使わないこと
(例)セイコーのクロノグラフの魅力→セイコー「クロノグラフ」の魅力
・一文中、または、すでに出た単語の近くに同じ単語を使わないこと
(例)ラインハルト・マイスのデザインしたポルトギーゼは、優れたデザインで人気を博した→ラインハルト・マイスのデザインしたポルトギーゼは、優れた意匠で人気を博した
・カタカナや難しい漢字が続く場合、一部の表現を日本語や平易なものに改めること
(例)セイコーは切削の工程で成功を果たした→セイコーは切削のプロセスで成功した
・文章に個性を持たせたい場合以外、回りくどい言い回しを省くこと
(例)セイコーはうまくいったように思えてならない→セイコーはうまくいったように思える
・複数の情報を極力「、」で繋がないこと。主語と述語のねじれが生じやすくなる。ねじれがなく、また著者のスタイルとして定着している場合以外は、文章を短く切ること
(例)セイコーはクロノグラフを完成させたが、問題点が多く、後に多くのメーカーが研究の対象としたが、理由は分からなかった→セイコーはクロノグラフを完成させたが、問題が多かった。後に多くのメーカーが研究の対象としたが、その理由は分からなかった
・明確な理由がなければ、能動態で書くこと。受動態を使う場合は、主語と述語のねじれに必ず注意すること
(例)2020年、セイコーによって発表されたアストロン→2020年、セイコーが発表したアストロン
・複文の場合、能動態と受動態の混在に注意すること。主語と述語のねじれが生じやすいため。書き慣れていない場合は、できるだけ単文を繋げたほうがよい。接続詞の多用は良くないと言われているが、主語と述語がねじれるよりはるかによい。上手くない文章は、例外なく、複文の中に能動態と受動態がねじれた形で格納されている
(例)2020年、セイコーは世界初のGPS衛星時計として作られたアストロンの最新作を発表した→2020年、セイコーはアストロンの最新作を発表した。これは世界初のGPS衛星時計として作られたモデルの最新版である
・形容詞と副詞は極力減らすこと。使う場合はできるだけ理由を補足すること。ただし記名原稿の場合はこの限りでない
(例)IWCの80110は素晴らしい→IWCの80110は堅牢で素晴らしい
・副詞、形容詞の位置に気をつけること
(例)極力素人はエッセイを書かない方がいい→素人はエッセイを極力書かない方がいい
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