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フレッド・カヴリ, 成功と科学への愛

フレッド・カヴリ(Fred Kavli, 1927 - 2013)は, ノルウェー生まれのアメリカ人である.

宇宙物理を学ぶものなら多分知らないものはいないだろうが, 一般の方には馴染みが薄いかもしれない.

だが, 科学の慈善家と呼ぶに彼ほどふさわしい人はいないであろう.

多くの一次情報は得られなかったが, 記事[1, 2]や財団の情報[3]からフレッドが, なぜ科学を支援したのか見ていこう.

カヴリ財団

2000年にフレッド・カブリによって設立されたカブリ財団 (Kavli foundation)は世界に誇る一大研究所群を支援する研究財団である.

現在,  スタンフォード大学, シカゴ大学, 北京大学, 東京大学, コロンビア大学カリフォルニア大学サンディエゴ校ノルウェー科学技術大学など宇宙物理, ナノ科学, 神経科学など主に3つの領域で19研究機関存在している.

財団は, フレッドが起業した会社(Kavlico: 圧力センサーなどを取り扱う)を340億円程度で売却し, その資金を元に2001年に設立されている.

これまで, カブリ財団は世界中の研究機関に200億円以上の寄付を行っている.

主なカブリ財団の支援の方法は, 研究センターの設立当初に750万ドル (約8億円弱程度) 寄付するのが典型のようだ. 現に, 日本にあるカブリ数物連携宇宙研究機構には同額が2012年に寄付されることが発表されている. 

2015年には, 約6億ドル (約600億円相当)の資産を保有している. 歳入は約4200万ドル, 経費は約5400万ドルでマイナスだが, 前年比で投資での価格 (9700万ドル→1億5000万ドル等)が上がり資産を微々ながら底上げしている.

また, カブリの名前を冠したカブリ賞 (2008年-, 受賞式会場: オスロ)は, 宇宙物理学, ナノサイエンスおよび神経科学の3部門から構成されており, 受賞賞金として100万ドルが与えられ, 栄誉ある賞として有名である.

科学を愛するフレッド・カヴリが大富豪になるまで

フレッド・カブリは, どのようにして大富豪になったのだろうか?

彼の自伝は存在しておらず, 財団が載せる記事のみである. それらを元に迫ってみたい.

フレッドは, ノルウェーのエレスフィヨルドで兄のアスラクとともに育った. 幼少期は, サイクリングやハイキングなどを楽しんだという.

彼の父や, ノルウェーに帰る前に, サンフランシスコで13年間働いた経験があり, カヴリ自身その影響を受けたと語っている.

その影響もあってか, 世界大戦中には, 兄とともに木材や自動車用の木炭などを売りさばき, 途中からは一人で切り盛りしていたという. このビジネスの儲けが, 彼の教育の資金になった.

フレッドは, ノルウェー工科大学 (現: ノルウェー科学技術大学)で応用物理を学んだ. この頃, よくスキーをして, 孤独な山の頂上で物思いにふけったと言う.

特に, 宇宙, 惑星, 人間の神秘について思いをめぐらせ, その神秘の魅力を生涯忘れることはなかった.

1955年に学士号を取得したフレッドは北米へと旅立ったが, アメリカでは当初ビザは降りずに, カナダで就職することになる. その1年後, アメリカのカリフォルニアでアトラスミサイルを制御するセンサーを作る工場で働き, 2年後の1958年には自身の会社であるKavlico Corporation (以下: Kavlico)を設立している.

彼はのちに述懐しているように, ベンチャーキャピタルからの投資は(今ほど)簡単ではなかったと語っている.

最初の注文は, 原子炉を搭載した航空機のために必要なセンサーを探していたゼネラル・エレクトリックにセールスピッチをしたことで受けたものだという [2].

Kavlicoは, 圧力センサーなど開発し販売するサプライヤーで, 特に(偶然にも前回取り上げたHoward Hughesと同じ) 航空宇宙産業や他にも自動車産業などの分野の大きなプロジェクトに関わったようだ.

ちなみに, SR-71 ブラックバードやスペースシャトルプロジェクトもその1つとして取り上げられている.

1970年代には, フォード・モーターが求めていた頑丈で安価なセンサーの開発を引き受け, このことを話したみんなに"You are crazy. (気が狂っている)"と言われた.

しかし, これらの成功の果てに, Kavlicoは従業員数1500人が働くサプライヤーになっている.

最終的に, 2000年にはKalvicoは3億4500万ドルでC-Mac Industries Inc.に売却され, 2004年には, フランスに本社を置くSchneider Electricに$1億9500万ドル (約200億円程度)で売却されている.

フレッドの成功の裏には冷戦による軍事産業の盛り上がりや, 自動産業の盛り上がりなどがあったと言えるだろう.

フレッド・カブリは何を求めたか

フレッドは, お金だけでなく,科学への愛を惜しまなかった人だった.

彼が言うように, 大学時代感じた宇宙の神秘が彼を突き動かしていたのかもしれない.

特に, フレッドの標語に, "the biggest, the smallest, and the most complex" (もっとも大きなもの, もっとも小さいもの, もっとも複雑なもの)があり, これらの神秘を魅せられたとされている. これらは, それぞれ天文物理学, ナノ科学, 神経科学に対応しておりカヴリ賞では3つの領域に貢献した研究者を表彰している.

2013年に亡くなられたが, 彼が登場するインタビュー全てで, 彼はとても穏やかで幸せそうな表情をしている.  (東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長である大栗博司 教授追悼文を送っている.)

財団が存在することで, 基礎科学に支援できること, 人類への奉仕ができることが実現できたことが彼にとっての幸福だったようだ. 

彼は「どのように記憶されたいか」との質問に次のように答えている.

"He worked hard, and he tried to be of service to humanity."                   彼(カブリ自身)はよく働き, 人類への奉仕に努めた.

彼のビジネスと科学に対する思いはどこまで一致したものだったのだろうか.今となってはわからないが, 最後に幸せな彼の言葉でこの記事を締めよう.

"The future is going to be more spectacular than we can ever imagine" 未来は我々が想像できるよりずっと素晴らしいものになる.

参考資料

[1] Lehrman, S. (2005, July). He'll Pay for That. Scientific American. https://www.scientificamerican.com/article/hell-pay-for-that/

[2] Overbye, D. (2005, April). A Philanthropist of Science Seeks to Be Its Next Nobel.  The New York Times. https://www.nytimes.com/2005/04/19/science/a-philanthropist-of-science-seeks-to-be-its-next-nobel.html

[3] The Kavli Foundation. About Fred Kavli. https://www.fi.edu/laureates/fred-kavli


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大富豪は寄付をする。 それも莫大な額で。 研究機関にはそういった寄付に期待する人もいるだろう。 しかし, 慈善の心で寄付をするのだろう…

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