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フジロックの亡霊(成仏編)

「やべーよ、見てこれ。すごくない?」
今年のフジロックフェスティバルのヘッドライナーを発表するニュースだった。Oasis、FRANZ FERDINAND、Weezer。どれも僕らが夢中で聴いているバンドの名前だ。

このニュースを見せてきたのは南條という僕のルームメイトで、専門学校時代の同級生だった。チビで天然パーマで、家ではいつもよれたジャージを着ている。勉強も運動もできなくて童貞臭い奴だったが、バンドでギターを弾く姿は異常にカッコよかった。
「うっわ、全部めっちゃ好き」
「だよな。うわー。行きてえなー!」

何者かになりたくて東京へ出てきた僕らは、安い給料で食いつなぎながらよく夢の話をした。あんなこといいな、できたらいいなと笑ったあとで、現実に打ちのめされ、下を向いて、慰め合うように発泡酒で酌み交わした。
「日本でもこんなライブやるんだな」
「な。どうやったら行けるかな」

ひとしきり盛り上がって、必要な費用を調べたところで2人は一斉に口ごもった。そのときの南條と僕はフジロックへ行けるほどのお金を持っていなかった。今から稼ぐにしても無理のある金額だった。そもそも、もっと収入があれば、こいつとルームシェアなどしていない。

彼はおもむろにウィンストンを取り出して、火をつけた。吐き出した白い煙が空気と混ざっていく。なんとなく、それはただの煙じゃなく溜息も混じっているように思う。

OasisとFRANZを観て、大トリのWeezerも観て、最高の3日間だったと言いながらビールを飲みたい。でも越えなくちゃならないハードルが自分たちにとってあまりに高すぎた。

「いつか行くわ、フジロック。今は無理だけど」
僕がそう言うと、南條は少しの沈黙のあとで「おう」とだけ返事をした。

2009年、21歳の夏。僕らが喉から手が出るほど行きたくて、行くのを諦めてしまったフジロックが終わった。そして、そのあとすぐに全世界へニュースが流れて、それで南條と僕は、Oasisが解散したことを知った。


「コロナが落ち着いたから久しぶりに飲もう」と連絡がきたのは2023年。あれから14年が経った春だった。我々は赤羽の居酒屋で再会して、瓶ビールを注ぎ合って乾杯した。

「そういや昔いっしょに住んでたんだよな、なんか面白いな」
「別に面白くはないだろ」
冗談を言い合う。当時を忘れたわけではないけど、思い出そうとするとおぼろげな記憶も多くて、随分あの頃が遠くなってしまったと感慨深い気持ちになる。

結局、南條のバンドは成功しなかった。今も時々ステージでギターを弾いているらしいが、"まぁなんとか生きていける程度の稼ぎ"とやらで日々食いつないでいるようだった。その生活はルームメイトだったあの頃とあまり変わっていないように見える。

「今年さ、フジロックにWeezerが来るんだよ」
「えっ何年ぶり?」
南條が箸を止めた。おそらく"あのこと"を覚えているのだろう。
「14年ぶりだって。Oasisが解散したあの年以来」
すると彼は「そっかぁ」と遠くを見て「行くの?」と聞いた。
「うん、行ってくる」
僕がそう言うと、南條は歯を見せて「いいなぁ」と笑った。

今も昔も多くを語らないけど、僕たちはいつもおなじ風を浴びながらおなじ時代を生きてきた。でもそれぞれ違う生き方を続けてきたし、度を越えた馴れ合いはせず、お互いを尊重しながら自由に生きてきた。例えばロックフェスで各々が別のステージを観に行って、どこかで再会して感想を交換したらまた離れるみたいな。自分にとってこの距離感はありがたかった。


フジロックフェスティバル2023、僕は苗場の土を踏んだ。南條は「俺はいいや」と言って来なかった。そのとき話題だったアーティストのライブを他の友人たちと観て、途中でどうしても観たいバンドがいるからと、その場をひっそり抜け出してWeezerのステージを目指した。

ひとりで夜の山道を歩きながら、14年前の自分を迎えに行っているような気持ちになって、涙が出た。当時の悔しかった自分、うまくいかなくて挫折した自分、自分自身を受け入れられなくて悩んだ日々。そんなことを思い出しながらボロボロ泣いた。全部抱きしめて、よく頑張ったなと言ってやりたい。なんとか生きて、ここまで会いに来れたよ。

Weezerのライブが始まる。色鮮やかなライトがビカビカ光って観客を照らす。超満員の会場は黄色い歓声に包まれた。そして、僕はついに、憧れだったステージを観た。

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