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手汗・脇汗でお困りのあなたへ

いまから10年を遡る2010年、日本皮膚科学会雑誌に「原発性局所多汗症診療ガイドライン」が掲載されているので、今日はそれを紹介したい。

原発性局所多汗とは、平たく言えば、とくに原因のない全身でなく身体の一部に汗の多い症状。
ちなみに、最新のガイドライン(2015年の改訂版)では、以下のように説明されている。

原発性局所多汗症は,頭部・顔面,手掌,足底,腋窩に左右対称性に過剰な発汗をおこし,手掌に多汗症がみられるのを手掌多汗症と呼んでいる.

原発性局所多汗症診療ガイドライン

ガイドラインの位置づけが明示されている。これは、日本皮膚科学会および日本発汗学会から委嘱された委員によって策定されたもので、2010年現在での基本的・標準的治療の目安であり、今後の研究結果によって変わっていく可能性があるものだということだ。
実際、この5年後、このガイドラインの改訂版が出ているので、後日紹介するが、今日は、このガイドラインができた経緯を、どうしてもお伝えしたい。

論文冒頭に「ガイドライン作成の背景」が記されている。
原発性局所多汗症が、(2010年時点で)欧米では、適切な診断基準や診療ガイドラインが作成され、その重症度に応じて段階的な治療がなされているのに、日本では「難治性疾患」として認識されておらず、治療されなかったり、美容クリニックやエステティックサロンなどで「不適切な処置」がなされており、ボツリヌス毒素局所注射療法交感神経遮断術などが「安易に」施行され、「過剰医療に伴う多くの弊害」がもたらされている現状の改善を期待したものだということを前提として理解してほしい。

私は2003年、「-神経伝達レベルで汗を止める(2)-」というページに、それら治療法のことを書いている。
とくに交感神経遮断術は、1996年に保険適用となったことから、手汗を止めたいという人に多く行われ、手汗は止まったけれども代わりに体中の汗がひどくなり難渋している、できることなら元に戻したいという悲痛な叫びも、私の掲示板には寄せられていたものだ。

このガイドラインは、それを

安易に施行され過剰医療に伴う多くの弊害がもたらされている現状

と言い切っているところに、私は清々しさを覚える。そして、

原発性局所多汗症の診断基準,診療ガイドラインができることにより,本邦における発症頻度が明らかにされ,重症度に応じた治療指針に沿って治療が行われるようになれば,が期待でき
さらには,適切な治療により多汗症に悩む活動期の青年層の精神的苦痛を改善し青年期多汗症患者の勤勉,勤労意欲を高めることが可能である.

と、手汗に精通された先生方の思いが、いまさらながら、私の心に響いてきた。

先日『「手のひらの汗」のこと』という記事を書いた。

私は10年ほど、この手のひらの汗についての臨床研究に携わり、その知識や経験が、手汗で悩む人たちのお役に立てるのではないかと思って、自分のウェブサイト掲示板を置いたり、Yahoo!の掲示板や知恵袋などで、いろんなお話をした。その活動を止めて十数年…。
昨年末で会社員を辞めたが新型コロナで新たな活動もできず、代わりに得たたっぷりの自由時間の中で、資料整理をしていてみつけた先生方からいただいた20~30年前の手紙や文献の数々。
とても懐かしかった…。

生理学、皮膚科、神経内科、心療内科、精神科、外科…細分化された診療科目の専門ドクターに、私は手汗とそれら臨床領域をつなぐ質問をたくさんさせていただき、多くのことを教わっていたことを思い出した。
先生方のお名前を見ると、スッと当時の顔が思い出され、いまどうされているのだろうと気になった。何人かの先生とは、今でも年賀状のやり取りだけは続けていたが、すでにお亡くなりになった先生もおみえになる。汗の研究から離れて二十数年。仕事の忙しさに感け、会いに行っていなかったことが悔やまれる。

当時はまだインターネットが普及する前で、手紙は手書きかワープロの文字。私はこれら手紙に添えられた文献をデータ化しながら、先生方の名前をネット検索してみた。
そしてみつけたのが、このガイドラインなのだ。
ここまでやってくれたんだ、先生ありがとう!…思わずそう叫んでいた。

診療ガイドラインの章立てを示す。

1.ガイドライン作成の背景
2.ガイドラインの位置づけ
3.免責条項
4.エビデンスのレベルと推奨度
5.概念
6.分類
 ●Frey症候群(味覚性多汗症)についての概念,病態,診断基準について
7.病態
8.疫学
9.臨床症状
 1)掌蹠多汗症
 2)腋窩多汗症
10.治療法と予後
 アルゴリズム概説(図1~4)
11.クリニカルクエスチョン(CQ)
 1.外用療法は多汗症に有効か?
 2.水道水イオントフォレーシス療法は多汗症に有効か?
 3.A型ボツリヌス菌毒素製剤の局注療法は
   ①掌蹠多汗症,②腋窩多汗症に有効か?
 4.内服療法は多汗症に有効か?
 5.精神(心理)療法は多汗症に有効か?
 6.交感神経遮断術は多汗症に有効か?
 7.代償性発汗は必ず起こるのか?治療法は?
 8.神経ブロックは多汗症に有効か?

医学用語ばかりで読みづらいかもしれない。
これらのことについて、私は、私の書いた記事のインデックスを「汗の輪」として、このガイドラインが出される2年前にまとめているので、必要なところを併せて読んでいただけたら、少しは理解が深められるのではないだろうか。

発汗学 Vol.15 Supplement 「特集号:掌蹠多汗症」

また、このガイドラインの策定に先駆け、2008年、日本発汗学会雑誌「発汗学」に特集が組まれていることも紹介しておきたい。

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その冒頭に、東京医科歯科大・皮膚科の横関博雄先生は

本邦においても日本人を対象とした診療ガイドラインの必要性を強調致しました。

と記されている。
この発汗学の特集号のことをすっかり失念していた私だが、実は当時、こんなことをブログに書いていた。

私は、先生から、とくにイオントフォレーシスや塩化アルミニウムについて教わった。

厚生労働省での科学研究

この翌年の2009年、同先生が代表となって、厚労省の科学研究が行われ、その研究報告書が公開されているので、それも参考にされたい。

平成21(2009)年度
特発性局所多汗症の疫学調査、脳血流シンチの解析による病態解析及び治療指針の確立

研究目的

日本人に適した原発性局所多汗症の診断基準、重症度基準、診療ガイドラインを作成して重症度にあった適切な治療法の確立を目指した。その診断基準で全国的な疫学調査を施行し局所多汗症の有病率を明らかにするとともに局所多汗症の病態も解析した。

1冊の研究報告書が分割して貼り付けられているので、ここにもリンクを貼っておく。

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 [1] [2] [3] [4]

発汗学会における診療ガイドラインの検証

さらに、ガイドライン策定の1年後、発汗学会シンポジウムでは

限局性多汗症のなかでも患者が多く, 治療方針が多岐に及んでいる手掌多汗症について, 実際の診療にガイドラインは反映されているのか, 問題点はないのかなどの検証を行う目的で, 4人のシンポジストに討論していただいた.
手掌多汗症治療ガイドラインは実際の診療に即しているのか?
 ・ガイドライン作成の立場から
 ・外科医の立場から
 ・客観的判断を生理学の立場から

と、臨床面での検討が行われた。

原発性局所多汗症診療ガイドライン 2015 年改訂版

以上の経緯をふまえて、2015年に改訂版の発刊に至っている。この改訂版には、

頭部,顔面多汗症(Craniofacial hyper‑hidrosis)

が追加されているので、頭や顔に異常に汗をかいて困っている人には助けになるだろう。

このガイドラインについては、もう一度書いてみたいと思っている。
リンクをたどり、原文を読まれて思ったことや疑問点があれば、コメントに書いてほしい。
どれだけ解説できるかはわからないけれど、一般の人にもわかりやすい言葉に置き直すことはできるだろう。手汗・脇汗、そして頭や顔の汗でお困りの方々が、これらを勉強し、少しでも前向きに生きられるようになれば、私は嬉しい。



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