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理科教育研究におけるパラダイム

はじめに

この記事は,2021年8月14日に行われた「Science Education Book Club in Japan」で議論した内容をまとめたものです。
今回,私が担当したのは「Handbook of Research on Science Education, Volume II」(2014)の Chapter.1「Paradigms in Science Education Research」です。
さらに,この記事は理科教育 Advent Calendar 2021 の1日目の記事も兼ねています。
以下は,本章の簡単な紹介と読んだ感想です。


本章の目次

本章は次のような項目で構成されていました。ハンドブックの最初の章ということもあり,理科教育研究をするうえでの哲学的基盤に関する話でした。

・なぜ,研究パラダイムを議論するのか?
・ポスト実証主義
・解釈主義
・批判理論
・理科教育におけるパラダイムとプラグマティックな研究


【概要】理科教育研究におけるパラダイム

タイトルの通り,この章は「理科教育研究におけるパラダイム」に関する話でした。パラダイムには様々な定義があると思いますが,この章においては「研究とは何か」に関する価値観と解釈できます。この研究パラダイムは,

・教育研究の主な目的とは何か
・教育研究者の役割とは何か
・どのようにして研究を遂行するのか

に関わる概念と説明されていました。
この章では,ポスト実証主義,解釈主義,批判理論の3つに整理されていました。それぞれのパラダイムについてまとめたのが以下の表です(私の解釈も入っていますのでご注意ください)。

スライド5

このように,どの立場に立脚するかによって,教育研究の目的や教育研究者に対する認識が異なります。こうした研究パラダイムをまとめた表は,柴山(2013,p.311)やテッドリー&タシャコリ(2017,p.65)などにも書いてあるので,それらも合わせて参照するとよいかと思います。

こうして大きく分けて3種類の研究パラダイムがあるわけですが,特に理科教育の領域においては他の研究パラダイムを無視する傾向があり,お互いに不健全な批判をし合っていたそうです(下記スライド)。たとえば,ポスト実証主義者は,解釈主義者に対し「逸話的で方法論的な厳密さに欠ける」と批判していました。一方,解釈主義者はポスト実証主義者に対し「表面的で限定的」と批判していました。

スライド8


このように,お互いの研究パラダイムを中々認め合うことができなかったのですが,量的アプローチと質的アプローチの両方を用いたプラグマティックな立場である混合研究法の台頭に伴い,異なるパラダイムで活動する研究者間の対立がある程度緩和されたようです。

本章では,これら3つのパラダイムについての解説やそれらの関係性について整理した後,最終的に「理科教育研究のパラダイムについて,これからも生産的な議論を進めていこう」という趣旨で締めくくられていました。


【概要】雑なまとめ

この章の論旨を私なりに雑にまとめると下記のようになります。

●「研究」とは世界を理解する営みである
●世界を理解するための方法を「研究方法論」と呼ぶ
●研究方法論は「研究者の信念や価値観」によって暗黙的な制約を受ける
●「研究パラダイム」とは「研究者の信念や価値観」と「研究方法論」の総称である
●研究者は研究パラダイムに自覚的であり,反省的である必要がある
●研究パラダイムの多様性はバランスの取れた知の構築を担保する
●研究者は研究パラダイムの多様性を受け入れ,研究そのものについて議論していく必要がある


【感想】疑問や論点

この章を読んで疑問に思ったことをまとめたのが次のスライドです。以下はその詳細です。

スライド31


なんのための教育研究なのか? 教育研究の何に価値を見出すのか?

1つ目の疑問は「そもそもなんのための教育研究なんだろうか?」ということです。「『最強』の理科指導法を考案したい」,「教育に関する諸現象を統一的に説明したい」,「現代の教育に関する諸問題を解決したい」など,研究者にも様々な目的があるかと思います。パラダイムの相互理解を深めていくためにも,これらの目的を俯瞰的に整理して,「価値のある理科教育研究とはなにか」「理科教育研究は何を目指しているのか」などについて,今一度議論する必要があるように思いました。理科教育学の黎明期においては,こうした「学」に関する議論はやっていたと思うのですが,最近ではほとんど話題になっていません。ジャーナルの特集や学会シンポジウムでこれらの話題を取り上げることで,もう一度議論の俎上に乗せることができます。理科教育学の「学」としてのアイデンティティをより強固なものにしていくためにも,オープンな場で議論していく必要があると思いました。


異なるパラダイムをもつ研究者はどのように協働できるか? その意義とはなにか?

2つ目の議論は「異なるパラダイムをもつ研究者はどのように協働できるか?」ということです。理科教育だけかもしれませんが,それぞれの研究室にはそれぞれの「伝統」があります。歴史的アプローチを中心とした研究室,統計的アプローチを中心とした研究室,発話分析を中心とした研究室,授業実践に重きをおく研究室など様々です。このような様々なパラダイムをもつ研究者達はどのように協働することができるのでしょうか。そもそも「協働しない」という選択肢もありえなくはないですが,協働することの意義は検討してみてもいいかもしれないと思いました。「とりあえず協働すればなんか良さそう」みたいな話ではなく,「何のために協働するのか」,「協働することによって何が生まれるのか」といった視点から考察してみたいと思いました。


おわりに パラダイムの相互理解を深めるために

国内の理科教育領域においては,まだまだパラダイムの相互理解が進んでいないように思います(個人の感想です)。特定の研究室の伝統に悪い意味で染まってしまった研究者(◯◯アプローチ以外はダメ,みたいな排他的発想をしてしまう研究者)も少数ですがいるように思います(もちろん個人の感想です)。

こうした課題を解決していくためには,理科教育における研究方法論の議論をオープンにやっていく必要があると思います。各研究者が目指そうとしている世界,「本当に」明らかにしたいことなど,お互いの信念や価値観について議論して,よりよい理科教育研究を進めていくことができればいいなと思っております。

そのためにも,まずはこの章のような理科教育研究のパラダイムについて解説した文献を読むことが不可欠です。こうした文献を読むことで,自分のパラダイムに自覚的になり,自分のパラダイムを相対化することができます。まだ読んだことのない方は,この章でもいいですし,関連する資料をぜひ読んでみてください。

本記事を最後までお読みいただき,ありがとうございました。


謝辞

Science Education Book Club in Japan」の皆様のおかげで,本章の内容について有益な議論をすることができました。感謝申し上げます。


参考文献

柴山真琴(2013)「エスノグラフィの考え方」日本発達心理学会編『発達科学ハンドブック1 発達心理学と隣接領域の理論・方法論』pp.307-315,新曜社.
テッドリー,J. & タシャコリ,A.,土屋敦,八田太一,藤田みさお訳(2017)『混合研究法の基礎 社会・行動科学の量的・質的アプローチの統合』西村書店.

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