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終わっ……てなかった!『麒麟がくる』高政の恋

終わった恋、略して「おわ恋」作品に注目し、よきおわ恋に出会ったら記録しておくためのnoteです。先週の日曜『麒麟がくる』を見ていて前のめりになる案件があったのでメモ。
ちなみに三省堂国語辞典第七版によると【恋】「人を好きになって、会いたい、いつまでもそばにいたいと思う、満たされない気持ち(を持つこと)」だそうです。

高政の孤独

高政(斎藤義龍)は、主人公十兵衛(明智光秀)にとっては主君である齋藤道三の長男です。主君筋に当たりますが、美濃は小さな国。ふたりは竹馬の友でした。

高政について序盤からくりかえし描かれてきたのは、偉大な父、斎藤道三を理解できず、認めてもらえない苦しさ
次第に高政は、自分の本当の父は齋藤道三ではないのではと疑うようになります。母である深芳野がもともと土岐頼芸の愛妾だったのもあり、まったく信憑性がないわけでもなさそうですが、高政が何度尋ねても、母は「違う」と断言します。

深芳野はいつも真っ赤な紅を欠かさない蛇のような美女。親子三人揃っていても家族団らんからは程遠い印象で、道三にしなだれかかる姿は父母というより男と女。息子といてさえ、なんだか見てはいけないものを見た気にさせられました。側室の立場上、安穏と母でいることはできなかったのかもしれません。

父も母も息子を愛していたのでしょうが、もっと優先すべきもの、大切なものがあり、高政本人が満足するほどの愛情は得られなかった。
高政は父と目した土岐頼芸を頼るようになりますが、頼芸は道三を厭うがあまり高政を利用しようとしただけの小ズルい人物。「我が子と思うておる」などと囁きましたが、口だけ。そして彼も道三の策によって近江の六角家へ逃げ出してしまいます。

高政が、叔父と母に愛され、半士半農、領民と土に塗れながら育ったまっすぐな十兵衛に惹かれたのは、当然の帰結だと思えました。

十兵衛への執着

折に触れくりかえし、弱気に強気に、高政は十兵衛の気持ちを確かめてきました。少し振り返ってみましょう。

第三回「美濃の国」
わしがそなたに言いたいのはその折には力になって貰いたいという事だ。共にこの国を治めて欲しい。幼い頃から友と思うてきた。立場は違うが一番近くにいると思うてきた。お主の知恵をわしに分けてくれ。どうすればこの国を纏めてゆけるか。どうだ、……嫌か?
第八回「同盟のゆくえ」
裏切ったな? 一緒に来い。従わねば斬る。
第十一回「将軍の涙」
高政 わしの申すことを……何でも聞く?
十兵衛 おう。
高政 よし、その言葉忘れるなよ。
第十二回「十兵衛の嫁」
一緒にやろう、共に父上を倒すのじゃ。
第十四回「聖徳寺の会見」
幼い頃から互いを見てきた仲じゃ。十兵衛の気持ちを知りたい。
第十五回「道三、わが父にあらず」
十兵衛、そなたはわしの味方じゃ。そうであろう?
第十六回「大きな国」
高政 そなたにも、力を貸してもらいたい。そういうことだ。
十兵衛 今の領地を出ろと?
高政 もっとよい領地をどうかと申しておるのだ

第十六回のラストで十兵衛は道三へつくことを選び、ふたりは決定的に袂を分かつことになりました。

そして第十七回「長良川の対決」
高政は苛立った様子で、明智の一党はまだ来ないのかと怒鳴ります。「この期に及んで参陣なきは、道三方に寝返ったとみるべきかと……」と告げられ、激怒。
長良川で父道三を討った直後、駆けつけてきた十兵衛と対峙します。

高政 十兵衛! そなたは間違いを犯した。わしのもとに参らず、敵に寝返り、わしを裏切った。いま一度機会を与える。ただちにわしのもとに参れ。わしの行う政を助けよ。さすれば、こたびの過ちは忘れよう。

驚きの優しさ。しかも、十兵衛になぜ道三方についたのか尋ねることさえしませんでした。怒ったテンションのまま一気に許してくれる。
私は、自分を選ばなかった理由を告げられるのを無意識に避けたのでは、と見ています。
しかし、素直すぎる十兵衛は聞いてないのに核心を突く。

十兵衛 まことの気持ちを聞きたい。道三様はそなたの実の父親ではなかったのか。
高政 わしの父親は、土岐頼芸様。
十兵衛 そうか。……わしは、土岐頼芸様にお会いして、一度たりと立派なお方と思うたことはない。しかし、道三様は立派な主君であった。己への誇りがおありであった。揺るぎなき誇りだ。土岐様にもお主にもないものだ。わしはそなたには与せぬ。それが答えだ。

戦上手の父道三を討ち果たしたことからもわかるように、高政は決して無能ではありません。土岐頼芸が大した人物ではないことも、自分が父親にかなわないことも薄々気づいていたはず。
しかも、父を直接手を掛けるよう父本人に仕向けられたことでやはり父に負けたのだと述懐したばかりの高政に、お主も土岐様も道三様ほどの人物ではないと語る十兵衛! 本当に率直な人ですね。
さすがの高政も言葉少な。はっきりと決別を宣言します。

次会うたときには、そなたの首をはねる。明智城は即刻攻め落とす。覚悟せよ。

涙目に見えたのは気のせいでしょうか。そしてやはり優しいというかなんというか、逃げる猶予を与えてくれました。

終わったと思いきや……

第十八回で明智一党は越前へ落ちのび、第十九回「信長を暗殺せよ」にて、道三の死から二年後、ふたたび相見える高政と十兵衛が描かれます。

ふたりが二年の時を経て顔を合わせたのは京、二条の館。

藤孝 これは斎藤殿……。
高政 (ふたりに一礼。十兵衛を睨みつけるようにして立ち去る)
藤孝 斉藤殿は数日前に上洛されました。まさかこの席においでとは……。
三淵 今は義龍と名乗っておられる。
十兵衛 義龍……。

睨みつける眼差し。私はこの目を見た瞬間に気づきました。これは二年前に終わった恋、おわ恋であると。しかし、それは大きな間違いだったんです。

高政が信長暗殺を企んでいると知った十兵衛は、旧知の仲である松永久秀に頼み、その計画を阻止。対面した松永久秀から高政が十兵衛を呼んでいると告げられ、二年ぶりに言葉を交わすことになります。

高政 松永久秀を担ぎ上げるとは考えたな。こたびのことどうやって知った? ……まあ、よい。遅かれ早かれ、信長は我が手で討ってみせる。お主は道を誤ったな。わしに素直に従うておれば今頃美濃で要職に就いておった。フッ、今や浪人の身か……。
十兵衛 悔いてはおらぬ。
高政 強がるな。わしはいずれ尾張をのみ込み、美濃を大きく豊かな国にするつもりじゃ。それはわし一人ではできぬ。助けがいる……。どうだ? もう一度考え直し、わしに仕えてみぬか? 手を貸せ。

驚きの優しさ(2年ぶり2度目)。相変わらず“仕方ないから許してやる”というポーズをとってはいますが、やはり結論までが早い。本心が痛いほど伝わってきます。
でも、もうお分かりですよね。十兵衛の返事は早かった。

十兵衛 断る。
高政 どこか仕官の口でもあるのか?
十兵衛 そんなものはない。
高政 ならば……。
十兵衛 今更お主に仕える気はない。
高政 ハッハッハッハ……相変わらず頑固な男よ……。

高政は本当に嬉しそうに笑っていました。それでこそおまえだと言わんばかり。その表情を見て、十兵衛も態度を軟化させます。

十兵衛 一体どうした? 次に会うたらわしの首をはねると申していたお主が……。
高政 今まで血を流し過ぎた。弟を殺し、父を殺し……わしに従う者はあまたおるが、ただわしを恐れ、表向きそうしているにすぎぬ。腹の中では何を企んでおるのか分かったものではない。
十兵衛 悔いておるのか?

ただでさえ組織の頂点は孤独だといいます。
友人も家族も失い(妻子はいるでしょうが)、改めて思うところがあったのでしょう。
ここで後悔しているのかと問うた十兵衛への、高政の返答がすごかった。

高政 悔いておる……と申したら、わしについてくるか?

瞬間、私の心に「高政くんにここまで言わせるなんて!! 十兵衛くんひどい!!」「そうよそうよ!!」と叫ぶ、小5女子(複数)の人格が爆誕してしまいました。学級会です。
高政と十兵衛は幼馴染とはいえ主君と家臣。いくら親しく言葉を交わしても、立場を忘れたことはないはず。その主君が涙目でこれですよ。すごい、もう捨て身です。そうまでしてもそばに置きたいんです。
しかも、今回このnoteを書くにあたって見直していたら、第十六回で十兵衛は「高政様とは幼き頃より共に学んだ仲。いま何を考えておいでなのか、あらかたわかります」なんて帰蝶に話していて、オメー……と拳を握ってしまいました。十兵衛くん、幼馴染ならもっと高政くんの気持ちを考えなさいよ! そうよそうよ!!

さすがの十兵衛も動揺しているようでしたが、やはり答えは変わりません。高政もわかっていたかもしれませんね。それほど頑固で率直な人物だからこそ、高政は十兵衛が好きで、そばにいてほしかったんです。

十兵衛 お主にはつかぬ。
高政 十兵衛……お主、一体何がしたいのだ? 
十兵衛 道三様に言われたのだ。大きな国をつくれと……誰も手出しのできぬ大きな国を、と。今はまだ自分でもどうしてよいのか分からぬ。しかし道三様のそのお言葉がずっとこの胸の内にあるのだ。
高政 大きな国……。父上が。美濃よりもか。
十兵衛 そうだ。

ここで道三から聞いた話を出すのも残酷で……。高政は捨て身でぶつかって振られた上に、父道三が息子の自分ではなく、十兵衛にそんな言葉をかけていたのだと知る。
しかし、彼は静かに事実を受け入れているように見えました。そして昔と変わらずまっすぐに見つめてくる十兵衛からふいと目を逸らし、言います。

高政 分かった。行け。
十兵衛 ……(立ち上がり、背を向けて歩き出す)
高政 さらばだ。もう会うこともあるまい。

この時、やっとわかりました。終わった恋じゃない。高政の恋はずっと続いていて、なりふり構わず食い下がりぶった斬られて、今やっと終わらせることができたんです。
十兵衛は黙したまま立ち去り、ナレーションによって、高政こと斎藤義龍は二年後に病でこの世を去ったのだと告げられます。十兵衛への長い恋が終わったそのとき、彼は『麒麟がくる』という物語から退場したんですね。

最後に

終わった恋、おわ恋は、恋の終わりのひとつ先の段階。結果的に今回は結果おわ恋ではなかったのですが、(おっ、おわ恋!)と前のめりになって、(……ん? いや、違う。終わっ……てなかった!! 今終わったんだ!!)という視聴体験がとても楽しかったので書いてしまいました。

本来のおわ恋だと、十兵衛に憧れていた駒が、第十八回に妻である熙子の夫へのまごころにほほ笑むくだりが素敵でしたね。終わった恋の、切なくあたたかい余韻。
十兵衛帰蝶の微妙な関係を経て、日に日に強くなる信長帰蝶の夫婦愛の描き方や、同じ男に恋していた帰蝶と駒の友情も好みで、私はこの作品の脚本と演出を信頼しています。

第二十一回をもって放送を一時休止するとのことですが、どうか、この困難多き大河ドラマがラストまで走り抜けられますように。

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