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XR技術で、医学部生と教員の負担を減らす~ビーライズ【サキガケ】

2022年12月、メタバース空間にマツダ スタジアムが誕生し、カープファンが集結したことをご存知だろうか。
いきなり医療と関係ない話題から始めてしまったが、今回はこの「メタカープ」の生みの親のひとり、(株)ビーライズが、今度は医療教育の現場に切り込んだというからインタビューした。

ここ数年での普及が目覚ましいXR。
現実と仮想を融合して新しい体験を生む技術は、一体どこまでいくのか。


XR技術の先端を行くビーライズ

広島に本社を置くビーライズは、VRやメタバースの企画開発などを行う企業だ。XR技術で社会課題を解決しようと、製造業や医療業界向けのVR研修シミュレーターを提供する。

ひろしまサンドボックスの開始当初には、ファンがアバターになってバーチャル空間に集まり、プロスポーツを応援するプラットフォーム「バーチャルワールドHIROSHIMA」を開発。広島東洋カープ、サンフレッチェ広島、広島ドラゴンフライズをみんなで観戦する場をつくった。

その後、このバーチャル空間はカープファンのためのメタバース「メタカープ」に進化。ファンイベントと同時に三原市のPRを行うことで、スポーツ×自治体による魅力発信の場となった。

2023年秋には、中四国九州で初の法人向けMeta Quest認定販売店にもなり、国内外でXR技術の先端を行くビーライズが、サキガケでは医療教育の現場に切り込んだ。

医療教育の常識を壊す

社会的規制を突破するためのルールメイクをする“サキガケ”。ここでビーライズが開発するのは、症例を自由に作成し共有できるシミュレーションアプリ「クラウドケース」だ。

大学の医学部において、学生の問診教育のための症例は、教員が実際の患者の診断カルテから個人情報を削除して作成している。

問診教育での大きな課題は「症例の共有」です。これまでも教員によりコンテンツの作成はできていましたが、倫理規定や個人情報保護の観点から、大学を超えてデータを共有することはできなかったのです。この壁を越えられたら、より良い医療教育になるのではと思ったことがスタートでした。

(株)ビーライズ 取締役COO 石原 裕輝さん


ビーライズはすでに、医療教育用ソフトウェア「EVR」や医学部生向け診察シミュレーター「VR OSCE(ブイアール オスキー)」、IVR(画像下治療)というカテーテルを使った血管内治療の手術手技を練習できる「HiVR(ハイブイアール)」を開発・販売中。
この「VR OSCE」は、患者への問診や視診、聴診などさまざまな診察シミュレーションをVR内で再現し、客観的臨床能力試験の対策を学生が自ら行うことを可能にするVRソフトウェアだ。この開発時に協力した広島大学が、「クラウドケース」の開発においても手を組んでいる。

患者呼び入れから追加問診まで

現在は、教科書に載っている症例と、教員自身が経験した症例をさらに匿名化したものしか扱うことができません。問診のシナリオをつくるとき、簡単に作りすぎると訓練にならず、特殊すぎると学生が正解にたどり着けない。典型的な症例というのはなかなかありませんから、ちょうどいい症例の作成には相当の時間がかかります。
有識者が作ったものを共有できたら、教員の働き方改革にもつながります。

広島大学大学院医系科学研究科 准教授 服部 稔さん

これまでも開発に携わってきたことで、広島大学からビーライズに対する信頼も厚い。

「VR OSCE」を私たちの想像よりも早く完成させたビーライズなら、「クラウドケース」もすぐにできるだろうと大きく期待していました。既存のサービスで、すでに症例の作成スキームなど技術の素地はお持ちですから。今回の開発にあたっても、そのノウハウが生かされています。
症例の共有データベースは、私はもちろん多くの教員が望んでいますが、これまで手を付けられなかったところでした。そこにビーライズが切り込んでくれて、率直にありがたいです。

服部さん

「クラウドケース」は、共同特許を出願している既存のシミュレーターのフォーマットを元に開発していて、一番の課題はいかにデータを入れ替えやすくするかということ。規制をすべて突破するというよりも、共有できるプラットフォームを用意して、権利フリーのものは可能な限り共有していくエコシステムを、医療教育現場で作っていけたらと思っています。

石原さん

今年度のサキガケでは、最小限の機能を備えた試作品の開発、マーケットの確認、複数の大学が導入を検討するという目標を達成。
来年度には、医学部、看護学部生向けに有償モデルを開発し、症例共有がはじめられる見込みだ。

あなたの業界にXRを導入したらどうなるか?

コロナ禍を経たこともあり、デジタル化やDX、VRの普及が進んでいるが、医療教育の現場ではどうだろうか。

この3年で、医学教育でも遠隔やVRが自然に入り込んできたことは大きなパラダイムシフトでした。それまでは、医療の知識を習得するのにオンラインを使うなんて常識外でしたが、コロナ禍でがらりと変わったんです。医学教育はコロナ禍であろうと対面が基本だと思っていましたが、良くも悪くも意外でしたね。
医学部は他の学部と異なり、選択科目が少なくほとんどが必修科目です。だからこそ、一斉に遠隔に移行しやすかったのではないでしょうか。その中でも「クラウドケース」はかなりチャレンジングな開発です。5年、10年後には、実際のカルテから個人情報だけを排除して、自動でいろいろな症例が作れるようになるなど、どんどん進化していくのではないでしょうか。

服部さん

文系学部出身の筆者は、2年生以降はほぼ選択科目だった。医学部では必修科目ばかりとは知らず、文化の違いに驚いた。
そして医療教育の特徴はほかにもあるようで…。

医学教育のキーワード「自学自習」。教員も医師も、一から十まで手取り足取り教えることはできませんし、強制された教育は学生も疲弊させてしまいます。楽しく自分で学べる「自学自習」が求められている今、「クラウドケース」がまさにそれを実現しようとしています。
自分が学びたいシナリオを選んで、さらにそこから発展した症例を学んで…という自発的な学びが期待できる。気付けば次々に知識をつけられていた、というものになったら、より良い医師が育ってくれると思います。

服部さん

学びは楽しいに越したことはない。楽しく得た知識はより身について忘れにくいというのは、多かれ少なかれ読者の皆さん経験があるのではないだろうか。

「初めてのことを学ぶ場所=実際の現場」になることがなくなってほしい。何かを始めるとき、大抵の場合は、詳しい人に聞いたりインターネットや動画サイトで下調べをしたりして、さらに生まれた疑問を調べて…というステップを踏んで成長していきます。それでも実践に移った時に大なり小なりギャップが生まれる。このギャップを埋められるのがヴァーチャル技術のいちばんの特徴です。
医学部生は、教育はしっかり受けていても、医療の現場を経験することはできません。「クラウドケース」で体験できる場を作ることで、ギャップによる精神的な負担を減らし、将来的により良い医療を提供できる。これはヴァーチャルによるトレーニングのメリットだと思います。

石原さん

本番に出る前に、本番に近い状況で練習を重ねられる環境は、学生にとってもプレッシャーを軽減できる機会になるだろう。これは医療教育に限ったことではない。

医療だけでなく、例えば製造業における安全研修も、業種ごとに研修内容を逐一検討して作られていて、閉じたコミュニティの中で行われています。これをオープンにしてノウハウを貯めていけたら、業界全体の成長につなげられるのではないでしょうか。

石原さん
ビーライズでは、就労トレーニング、危険体感訓練、VRドライビングスクールなどのパッケージ販売も行っている

当社は、XR技術により各業界の課題解決をはかるソリューションを提供していますが、その開発にはまず現場の課題を知ることから始まります。「クラウドケース」では、そもそもどのように医療教育が行われているのか、また教育方針や学年ごとに期待される習熟度なども服部先生をはじめ、広島大学にご教示いただきました。どのソリューションについても、実際に携わる現場のプロフェッショナルとともに、どんな課題にどのようにアプローチできるか、そのためにどのようなプロダクトを開発できるかを一緒に考えています。
医療に限らず、幅広い業種・業界において、メタバース、XR、デジタルアート、CGデザインなど様々な技術を駆使して、新たなソリューションを全国で作っていきたいですね。

石原さん

EDITOR’S VOICE 取材を終えて

当然ですが、私たちの生活に欠かせない"医療"に従事してくださる皆さんも、かつては学生さんだったのですよね。いつもお世話になっているのに、なんとなく遠い世界のことのようで、想像が及んでいませんでした。
服部先生が驚くほどに、ここ数年で医療教育の現場はオンライン化やデジタル化が進んでいるのだとか。医療に限らず、実は縁遠いと思っている業界も、VRやCGを取り入れたら驚くような進化があるかもしれませんね。
(文・小林祐衣)

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